【概要】
長坂道は初めてのコース。登山口の標高はわずか300m程度しかなく、いわば鳥海山をゼロメートルから登るようなロングコースである。山頂までの単純な標高差は1900mもあって累積標高差となるといくらになるかわからない。言い換えるとメインコースから鳥海山を2往復するような過酷さがある。それだけにハイシーズンでも登山者はほとんどなく静かな山歩きが楽しめるのだという。連日続く猛暑日には登りたくなかったのだが、躊躇しているといつまでたっても登れない。当初は当然ながら小屋泊を考えていたのだが、ヘッデンをつけて暗いうちに出発すれば日帰りもできるのではないかと思い直した。順調にゆけば昼前には山頂に到着できるかもしれないのである。またコース上の笙ケ岳も大きな魅力だった。笙ケ岳は鍋森や扇子森、御浜、月山森など、鳥海湖を取り囲む西鳥海の主峰でもある。鳥海山の前衛に過ぎないとはいえ、笙ケ岳本峰のほかに二峰、三峰、さらに岩峰と大きな山塊を形成しており、鳥海山という横綱がなければ100名山あるいは200名山に入ってもよさそうなほどの美しい山容と標高を持つ。コースタイムをみても決して侮れない山である。
登山口の確認と早立ちするために前日はゆりんこ温泉に車中泊した。山ノ神の駐車場には車が1台もなく静まりかえっていた。靴を履くだけにしてきたので準備は簡単だった。山頂までほとんど水場がないというので水は4リットルほど確保。ほかに茄子、胡瓜の漬け物とトマト、梅干しなどもアイスボックスに入れた。猛暑が予想される中、水の確保といかにして涼しいうちに高度を上げるかが今回の要だった。
かすかに鳥の鳴き声や沢音が聞こえる中、ヘッデンをつけて午前4時に歩き出した。一本道だろうと思っていたら最初の南折川の渡渉点で道を見失う。真っ暗だったこともあって対岸の様子が全然わからなかった。ネットで事前に調べればいいものを、今回は情報収集を全然していなかったツケなのだろう。ここで15分ほどタイムロスをした。まもなくすると万助道分岐の標識が暗闇に浮かび上がる。左は高瀬峽で右が長坂道。その先の湧水の流れる小沢で水を汲んでいると、暗闇から急に登山者が現れて驚いた。地元の若い人でやはりヘッデンをつけていた。その人とは途中まで話をしながら一緒に登っていたのだが、かなり健脚らしいのを見て先にいってもらった。
5時を過ぎるとようやく空が白みはじめてくる。緩やかな山道が急坂に変わるころガラ場についた。ここは展望が開けていて振り返ると日本海や庄内平野が見えた。ガラ場からは登りいっそうとなったが、気温はまだ低く、日中の猛暑がウソのような快適さだった。早立ちはやはりいいものだとしみじみ実感する。ガラ場から30分もすると灌木帯から抜け出し、右手から強い朝日が当たり出した。広々とした草原が朝の光を浴びて輝いている。このあたりから視界が一気に開け、天狗岩付近からはさらに高山の様相に満ちてきた。火山の名残のような岩が林立する箇所が西竜巻や東竜巻なのだろうか。笙ケ岳は目前まで迫っていた。
笙ケ岳には所要3時間半ほどで到着した。途中で足が攣りそうになったためペースはあがらなかったもののとりあえずは順調なほうだろう。まずは三角点や朽ちた標識などを確認する。まわりは一面のお花畑になっていた。コバギボウシやチョウカイアザミ、ハクサンシャジン、トウゲブキ、ハクサンフウロなどが色とりどりに咲き競っている。雲は日本海と庄内平野の境目にわずかあるくらいで展望は抜群だった。清々しい空気と澄んだ朝の光景はそれだけで身震いするほどの感動をおぼえた。本峰を後にすると伸びやかな稜線が二峰、三峰へと続いていた。
鳥海湖分岐からは鳥海湖の湖岸を回りながら御田ケ原に向かった。振り返ると笙ケ岳本峰、二峰、三峰、岩峰と四つの峰が折り重なる。抜けるような青空と真っ白い雲。そして鮮やかな緑の草原に覆われた山塊の際だつ美しさに見とれた。まだ時間的には早く周囲には登山者がほとんどみられなかったが、降り立った鳥海湖の湖畔から見上げると御浜小屋から大勢の登山者が鳥海湖を見下ろしているのが見えた。鳥海湖は空の青さを反映してコバルトブルーに輝きまるで宝石を見ているようだった。
御田ケ原分岐までくると大勢の登山者と行き交うようになる。扇子森からは小学生を連れた団体が列をなしてやってくるところだった。この辺りから状況が一変し静寂さはほとんどなくなってしまった。七五三掛からは千蛇谷へのコースをとった。一時ガスが立ちこめるようになったのだが、雪渓に降り立つ頃には再び青空が広がった。一方で気温は急速に上昇しているらしく雲が次々と湧いてくるようだった。千蛇谷では小屋泊りだった下りの人たちもいて狭い登山道は結構混み合った。
大物忌神社には10時40分着。朝のタイムロスを除けば6時間半ほどで到着した計算だった。疲労困憊にあえぎながら、そして痙攣しそうな足をなだめながらもようやくここまでたどり着いたのだ。よくぞがんばったものだと自分を褒めてやりたかった。はじめはこの暑さの中、御浜でさえも今日は超えられるのだろうかと、かなり不安だったのだ。やはり早立ちしたことと涼しいうちに高度を稼げたのが大きかったのだろうと思った。
神社の周辺では大勢の登山者が休憩中だった。まずはここまで無事に登れたことへの感謝と後半の安全祈願のため、ひさしぶりに神社に立ち寄ってみた。参拝後は新山へと向かった。新山への登りでは岩場に不慣れな登山者がけっこういて渋滞気味だった。ボクはペンキ印を避けながら別ルートで迂回しながら先に出た。山頂には「2236m 新山」と白ペンキで書かれた大きな石がいつのまにか立てかけられていた。激込みといったほどではなかったものの登山者が次々とやってくるのでゆっくり休むわけにもゆかなかった。山頂の記念写真を撮っただけで七高山へと向かった。
七高山は大勢の登山者であふれかえっていた。大賑わいというよりもかなり騒がしいといったほうがより正確だろうか。三角点や標柱のまわりはゼッケンをつけた人たちで喧噪を極めていた。どうやらこの人たちは矢島町の町民登山のようだった。ひととおり展望を楽しんだ後、ボクは山頂の片隅にへたへたと座り込む。もう一歩も動けないほど疲れ切っていた。全身が汗でびしょ濡れだった。
七高山では30分ほど休んだ。菓子パンやおにぎりなどは全然食べる気にはなれず、水のほかに漬け物と梅干しを腹にいれた。食欲はほとんどなかったが休んだおかげで少しだけ気力が回復したようだった。あとは笙ケ岳の登りが待っているものの、ほとんど下りだけなのだと思うと気持ちが少しだけ軽くなった。山頂を後にすると足元にイワブクロやチョウカイフスマが咲いていた。疲れのため登ってきたときは全く目に入っていなかったようだった。
帰路は行者岳、伏拝岳と外輪の稜線をたどってゆく。さぞかし稜線は快適なのだろうと期待したのだが、日本海側からの風はほとんどなく頭上からは強い日差しだけが降り注ぐ。疲れた身には予想外にこの暑さがこたえた。千蛇谷から吹き上がってくる涼風はあるのだが、みな上空に抜けていってしまい、歩いている登山道までは流れてこなかった。しかし捨てる神あれば拾う神ありなのだろう。湯ノ台分岐を過ぎるあたりからガスが忽然と湧いてきたのである。まるで九死に一生を得るような天候の急変だった。日差しが遮られるとそれまで暑さに参っていた体が一気に生き返るようだった。
湧いてきたガスは七五三掛から鳥海湖までも下りてきていた。まさしくこの時間帯の涼風は天の恵みだった。笙ケ岳の登り返しが気がかりだったが、これなら涼しい中をなんとかクリアすることができそうだった。今日の天候にはただただ感謝するばかりである。笙ケ岳到着はおよそ15時。登山口まであとどれぐらいかかるわからなかったが、せいぜい2時間あるいはかかっても3時間ぐらいだろうか。なんとか日没前まで下山できそうな見通しがたってきたようである。長い長い鳥海山の1日がまもなく終わりそうだった。