朝から曇り空が広がっている。せっかくのドウダン街道コースなのだがサラサドウダンはほとんど散っていた。途中の残雪もかなり少なく通過にはなんの支障もなくなっている。季節感が例年とはだいぶ違うようだった。道中は花を眺めたり、山菜採りをしたりしながら、いたってのんびりムードで進んだ。心配していた天候だったが徐々に薄日も差すようになると気分も晴れやかになる。全面に青空が広がるまでは行かなかったものの、前方に月山がチラチラと見えるだけでうれしいもの。本道寺分岐で休憩後は山菜採りも本格的に取り組みはじめなければならなかった。なにしろ今回の共同食料は何もないというめずらしい会山行なのである。食材が今日の現地調達にかかっているとあって山菜採りに熱が入った。
のろし場からは山小屋も間近に見えてくる。横道付近から雪渓に降り立ちしばらく残雪を登ってゆく。ダケカンバの尾根直下までくれば清川行人小屋はまもなくだ。尾根付近はキヌガサソウが群落となって咲いていた。ここでみるキヌガサソウは初めてだった。近くには冷たい雪解け水が流れ、その一帯は一面ミズバショウのお花畑となっていた。
山小屋はボク達の貸し切りだった。今回は上水道が使えなかったため、水汲みから夕食の準備が始まった。みんなで収穫したものは、タケノコ、ウド、イワダラ、ギョウジャニンニク、ユキザサ、シゲンカラマツ、ドッホイナなどなど。今回教えてもらった山菜も多く、自分にとっては別の意味での大収穫だった。宴会の下準備が終われば早速会長の乾杯発声で山開きの前夜祭が始まった。
(1日)
翌日は早朝から雨が降り続いていた。朝食にタケノコ入りラーメンを食べてから小屋を出発した。雪渓に出たところからはアイゼンを装着した。周囲は濃い霧に覆われていたが、時折霧が風に飛ばされて視界が開ける。雪渓歩きはただでさえ涼しいものだが、今日は涼しさを通り越して初冬を思わせるような肌寒さだった。手袋をしていても手がかじかむほどで冬用のものがほしいくらいだった。雪渓が切れたところから夏道にあがるといくぶん気温が上がりホッとした。
月山の東斜面は高山植物の宝庫。雪が解けだしたところにはハクサンイチゲ、チングルマ、ヒナザクラ、イワカガミ、ミヤマウスユキソウ、イワイチョウなどが咲く。雨が降り続く中ではそうそう写真も撮れないので今回はしっかりと心に刻むだけである。月山神社が近づくに連れて風雨は突然激しさを増してきた。ザックも雨具も風に飛ばされそうなほどで、ほとんど暴風雨のような状況だった。こんな天候でも日帰りの登山者や参拝者たちがつぎつぎと登ってくるのだから驚くばかり。月山神社の本宮でそそくさと参拝した後は、逃げ込むように山頂小屋へと駆け込んだ。こんな時の山小屋ほどありがたいものはない。出来たてのタケノコ汁をいただくと冷え切っていた体が芯から温まった。
小屋では1時間以上休んでいた。小屋を出ても嵐のような風雨はいっこうに治まる様子はなかった。濃霧で夕暮れのような薄暗さの中、ボク達はリフト乗り場に向かって下山を開始する。鍛冶小屋付近は急斜面の岩場、そして牛首の雪渓、四ツ谷沢付近の木道と、ほとんど休みなしに歩き続けた。リフト上駅付近は雨だけが静かに降り続いているだけで不思議なほど風がなかった。リフト下はニッコウキスゲのお花畑になっていた。雨に煙るお花畑はいつもよりも心に沁みるようでもある。リフトに乗り込んで冷たい雨に打たれながらこの2日間を振り返ってみた。すると楽しかった思い出だけが次々と蘇ってくるようだった。下山後の温泉がたまらなく楽しみでもある。なにしろ初めてはいる温泉宿なのだ。久しぶりに長い距離を歩いた2日間の山旅が終わろうとしていた。