【概要】
日曜日は快晴の予報。前回、届かなかった三体山を狙うには絶好の機会である。しかし週末は平地でも40〜50センチ以上の積雪があったため、山では重い雪によるラッセルは必至。そのため、単独ならば6時発とし、ラッセル要員がいれば7時発と、友人を募ったところ3名も集まってくれた。これならば楽勝だろうと俄然モチベーションが上がったのはいうまでもない。前回のコニゴリ偵察を受けて、今回はルートを大幅に修正。最短距離で稜線に届くように、これまでの山スキーの経験値を総動員して独自にルートを決めていた。
朝方の気温は低く雪面は割合に締まっていた。心地良い日差しが降り注ぐ中を快適なシール歩きが始まる。不伐の森へと下る地点までくると前方に日差しを浴びて輝く祝瓶山や大朝日岳が見えてくる。不伐の森の広い雪面を滑ってゆけば濁沢の徒渉点。ちょうど橋のある地点まで降りてゆき対岸に渡った。そこからはしばらくナラや杉木立の中の平坦な雪面歩きが続く。見上げると雲一つ無い群青色の空が広がっている。降り注ぐ日差しは異常なほど暑く、汗が止めどなく流れる。しまいにはシャツさえも不要となり下着一枚となった。
疎林帯を抜けると徐々に稜線が近づいてくる。ほぼ決めていたルートを取り、尾根に取り付けばあとは上をめざすだけとなる。高度が上がるにつれて、一週間前に登ったコニゴリノ頭が次第に低くなって行く。このとき左手の稜線を這い上がる黒い物体を発見。ちょうど婆岳から一段高みのピークをめざしラッセルに精を出しているところだった。あれはいったい何だ?カモシカか?いやいや、あの四つ足はどうみてもクマだろうと、全員立ち止まりながらしばしクマ談義に話が咲いた。
森林限界を超えると稜線は目前となる。日差しは強いものの気温はまだまだ低いのだろう。霧氷がまだ解けずにいて、ところどころに残る灌木は一面白い花が咲いたように輝いている。ここはまさしく桃源郷を思わせる美しさだった。稜線はかなりの雪庇が発達しているため細心の注意をはらいながら登ってゆく。稜線上の小ピークは巻きながら乗り越えた。
稜線に飛び出すと一気に展望が広がった。向こう側に聳える大きな屏風のような山塊は飯豊連峰だった。背後には輝くような蔵王連峰。県境稜線が吾妻連峰へと続き、その右手にはくっきりとした磐梯山。宇津峠から合地峰へと連なる稜線上の山々もみな独創的で、初めて見るその際だつ姿に目を奪われた。これらは残念ながら山の同定はできなかったが、その山容はとても魅力的でなかなか見飽きない光景だった。さすがに1200mの稜線には冷たい風が吹く。ここからはジャケットを羽織り手袋も冬用に交換した。めざす三体山はもう目前であり、平坦な稜線を歩いてゆくだけだった。
三体山には痙攣しそうな足をだましながら到着した。所要時間は約5時間。重い雪のラッセルを4人で回しながらもようやくたどり着いた山頂だった。夏山は結構灌木に覆われていて展望は今ひとつの山頂だが、雪を抱いたこの時期は大量の積雪に埋まり広々とした雪原になっていた。祝瓶山は背後の朝日連峰と重なり少し判別しづらいものの、異様なほどの近さにあって少したじろいでしまった。このとき先ほどのクマが稜線をこちら側に向かって歩いてくるのをみつけてひと騒動がはじまる。不安感と興味半分でしばらく眺めているとクマが突然雪庇を踏み抜いて滑落。一瞬見えなくなったが、そのうち東斜面をひたすらラッセルしながら下山する無事な姿をみて一同一安心。冬山の名人も木(雪庇?)から落ちるという、このユーモラス光景にはなんとなく微笑んでしまった。ところでこの顛末だが、踏跡が蹄だったことから正体はカモシカだったことが判明。この一連のクマ騒動はボク達の三体山踏破のエピソードとしてしばらく語りぐさになりそうだった。
展望も一段落すればお楽しみのランチタイムだが、風が冷たいのでとりあえず稜線から下りたところで大休止しようとなる。さきほどの小ピークに戻ってシールをはずし、まずはオープンバーンを一滑り。雪はやや重めだが降雪直後の斜面はスキーもよく走る。久しぶりのパウダーに大感激である。登りの苦労が一気に報われる瞬間だった。右手には先日のコニゴリノ頭から伸びる稜線があり、左手には輝くような大朝日岳や小朝日岳、そして三角錐のような御影森山がある。この展望を楽しみながらのコーヒータイムは至福のひとときだった。
しばらく登ってきた広々とした疎林帯の尾根を滑ってゆき途中から三体沢へと滑り込む。斜度が落ちた地点は桂沢との合流点でもある。三体沢の広々とした斜面は快適でしばらくスキーの楽しさを満喫する。しかし700mも高度が下がったせいで、雪はしだいに重くなっていた。スキーはそれなりに走ったものの、午前中のような雪面とはほど遠くなっていた。
往路のトレースを利用しながら疎林帯を滑ってゆくとまもなく濁沢の徒渉点が近づいていた。シールを再び貼り直して県道までは緩やかな登り返しとなる。高度があがるに従って背後からは三体連山が立ち上がってくる。稜線を見上げると滑ってきたばかりのシュプールが見えた。あのてっぺんから滑ってきたのだという感激は山スキーをするものだけに与えられた特権のようなものだろう。これは飯豊山の本社ノ沢以来、久しぶりに味わうものだった。県道の最高地点まで登れば後は長井ダムまで滑ってゆくだけとなる。ワックスをたっぷりと塗りながら最後ののんびりとした休憩を楽しんだ。終日、降り注いでいた日差しも少しずつ西に傾き始めている。充実した山スキーの一日が終わろうとしていた。