【概要】
自宅を出るとまもなく小雨が降りだした。気分は滅入るばかりだが暑くない分だけ今日は山日和ともいえそうだった。飯豊山荘の駐車場は信じられないほど静かだった。車は数えるほどしかなく夏山のピークは過ぎ去ったようにみえた。雨が小降りとなったのをみて登山届を出し温身平へと歩き出した。
駐車場からメジロアブによる集中砲火のような攻撃が続いていた。休むことなく体当たりする様はまるでマシンガンだった。温身平から砂防ダムを越え、山道に入っても状況は変わらなかった。見上げるとまだ小雨混じりの空が広がっている。うまい水を過ぎ、彦右衛門の平、ババマクレ、地竹原を通過すると梶川の出合に出た。もちろん雪渓はないが水量が少ないので高巻きは通らず飛び石伝いに出合を通過する。石転ビノ出合が近づくと遠方に稜線が現れた。右手の門内沢のほうが雪渓はしっかりとしているようだった。石転ビ沢は1年ぶりだがもっと長いこと見ていない気がした。たまらなく懐かしい気分だ。稜線は意外にも晴れていて左端には梅花皮小屋も見えた。
いつのまにかメジロアブはいなくなっていた。石転ビノ出合付近の雪渓はほとんどなくなっているため門内沢を大きく巻いてから石転ビ沢に戻った。そして主に右岸側を登って行くとまもなく雪渓の末端にでた。ここで12本爪のアイゼンを装着する。アイゼンさえあればスリップしないので体力も消耗せず、またほとんど直登してゆけるのでこんなに楽なことはない。
石転ビ沢は涼しくて快適だった。まるで冷蔵庫の中にいるような冷気が体全体を包みこみ、これならばバテることもなく稜線までは登れるだろうと思った。ガスが一帯に立ち籠めるようになると、途中で梅花皮小屋の管理人とすれ違った。北股沢の出合を過ぎると左手から黒滝が現れ、ほどなくして左岸の夏道にあがった。もうアイゼンは不要となりザックにしまった。黒滝付近の雪渓はかなり薄くなっていて崩壊するのも時間の問題のように見えた。昨年は7月ということもあって中ノ島は一面のお花畑だったがこの時期はだいぶ少なくなっている。それでもミヤマキンバイ、ハクサンコザクラ、オタカラコウなどがまだ多く咲いていてそこらじゅうでカメラを向けてみた。中ノ島の上部にはまだわずかに雪田が残っている。その左手から最後の斜面を登って梅花皮小屋の前にでた。
梅花皮小屋までの所要時間は4時間40分。雪渓歩きが少なかったこともあっていつもよりも40分ほど余計にかかっているが、まあのんびりと登ってきたのでよしとしよう。山小屋には人の気配はなく稜線をみても登山者の姿はなかった。不思議なほどの静寂さが辺り一帯に満ちていた。その足で水を汲みに行く。この先、当分水場がないので水は余計なほど確保した。ガスがまとわりついているものの青空が随所からのぞいていて稜線は暑そうだった。梅花皮小屋の周辺では高山植物が盛りだった。コゴメグサが登山道の両側にびっしりと咲き、その上はマツムシソウ、ハクサンコザクラ、トモエシオガマ、ハクサントリカブト、オヤマリンドウ、ミヤマナデシコ、ウメバチソウ、ハクサンシャジン、ハクサンフウロなどのお花畑だった。写真を撮ったりしながら30分近くのんびりしてから北俣岳へと登りはじめた。
飯豊山荘から北俣岳までは1615mの標高差を登ったことになる。ずいぶんと今日は高度を稼いだ気分である。北俣岳からは大展望が楽しめるはずだったのだが、まだ多くのガスが湧いたり消えたりを繰り返していてすっきりとした視界はなかった。それでもときおり強い日差しが降り注ぎ、黙っていても汗が流れた。北俣岳から扇ノ地紙の主稜線は久しぶりだった。もう何年ぶりかさえ思い出せない。それだけに周囲の光景は新鮮だった。北俣岳から門内岳まではイイデリンドウが群落となっていた。ちょうど盛りといってもよく、登山道に沿って延々と咲いている。この区間は飯豊連峰でもイイデリンドウが一番多く見られる場所だ。門内小屋を過ぎると縦走中の登山者とすれ違った。今日初めて出会う登山者だった。
扇ノ地紙の標高は1889m。この辺りはまだまだ高山の領域であり下界の空気とは全然違うのを実感する。しかし、これから1500m近い高度差を飯豊山荘まで下らなければならない。下るにつれて気温も上昇してくることを思うと気が重くなってくるようだった。これまで以上にゆっくりとしたペースを心がけることにした。扇ノ地紙を後にすると湿原の両側にはキンコウカやイワショウブが一面に広がっていた。また足元に咲く青く可憐な花はすでにイイデリンドウではなくミヤマリンドウである。残念ながら杁差岳は雲に隠れて見えなかったが、扇ノ地紙から梶川峰一帯に広がるこの牧歌的な風景は飯豊連峰の中でも大好きな場所のひとつである。
梶川峰を過ぎると五郎清水まではほとんど樹林帯となった。日差しがない分だけ増しなのだが、一方で気温は高くなるばかりで、全身から汗が止めどなく流れ続けた。そしてうんざりした頃になってようやく五郎清水の標柱が見えた。五郎清水で休憩をとっていると水場からひとりの登山者が戻ってきた。これから小屋泊まりかと思って尋ねてみると、御西小屋から下山中という川入からの縦走者だった。水場からはまもなく滝見場があり徐々に飯豊山荘が近づいていた。最低鞍部からひと登りすれば湯沢峰に着く。この登り返しがかなりきついイメージがあったのだが、ゆったりと歩いたためなのか今日はほとんど苦にならなかった。湯沢峰から振り返ると、全体に薄雲が広がっているものの飯豊山や北俣岳の稜線がすっきりと見えていて、ここでは小休止をとりながら最後の展望を楽しんだ。
湯沢峰からは一気に600mの高度差を下る。ここは勾配もかなりある区間であり、かつて登りで汗を搾り取られた頃を思い出す。梶川尾根のひとつひとつが懐かしかったが、いつのまにか樹木がなくなり景観が変わっている箇所も目についた。眼下に飯豊山荘の赤い屋根が見えてくればゴールも近い。ボクは久しぶりに10時間以上歩き続けてすでに疲労困憊だった。汗をまき散らしながら急斜面を下り続けていると突然道路が目前に見えた。全行程約21km。長かった日帰りコースがようやく終わる。
温身平への林道を歩く |
温身平 |
砂防ダム |
石転ビ沢の右岸状況 |
北股沢(出合から少し上から撮影しています) |
黒滝 |
雪渓の最上部(黒滝)から夏道に上がります |
黒滝からは夏道を登ります(直進して左方向に登る) |
ミヤマキンバイ(中ノ島) |
中ノ島から見る石転ビ沢 |
中ノ島から北股岳 |
オタカラコウ(中ノ島) |
梅花皮小屋が目前に |
イブキトラノオ(梅花皮小屋) |
ミヤマトリカブト(梅花皮小屋) |
梅花皮岳と山小屋 |
ミヤマナデシコ(梅花皮小屋) |
コゴメグサ(梅花皮小屋) |
マツムシソウ(梅花皮小屋) |
ハクサンシャジン(梅花皮小屋) |
ウメバチソウ(梅花皮小屋) |
イブキトラノオ(梅花皮小屋) |
イイデリンドウ(ギルダ原) |
ハクサンフウロ(ギルダ原) |
北股岳 |
門内小屋 |
胎内山から縦走する登山者 |
門内岳に向かう登山者 |
まだニッコウキスゲが咲いていました(いり門内沢) |
扇ノ地紙の標柱 |
ヨツバシオガマ(扇ノ地紙) |
キンコウカと地神北峰(扇ノ地紙) |
イワショウブ(扇ノ地紙) |
石転ビ沢の遠望(滝見場から) |
梅花皮岳と北股岳(湯沢峰から) |
飯豊山荘が眼下に(標高1000m地点から望遠) |