【概要】
鳥海山はスキー場がないためにその標高差をほとんど自分の足で稼がなければならず他の山域とは別格のものがある。特に鳥越川コースの標高差は約1800m以上、山頂からの滑走距離が14kmもあることから、鳥海山の山スキーとしては随一のロングコースにはいる。祓川コースが約4.5km、百宅(大清水)コースが約6kmということを考えれば、ここがいかに長大なものだということがわかる。例えていえば百宅コースを2往復するようなものなのである。山スキー愛好者にとっては垂涎のエリアであろう。
(1日目)
山岳会主催による恒例の鳥越川〜鳥海山。例によって道の駅「鳥海」に集合して獅子ヶ鼻取水口への林道へと向かった。しかしいつもの発電所への道へは積雪のため入れず結局除雪終了地点の中島台レクレーションの森まであがった。そこには広い駐車場のほか管理棟やトイレなどもあっていかにもレクレーションの基地といった雰囲気が漂っているものの、もちろんこの時期は大部分がまだ多くの雪に覆われていた。近くにはたまたま管理棟の管理人もいて付近の状況などを伺ったりした。天候は予報に反して青空も広がるまずまずの空模様だった。地形図によると林道までの直線距離は約1km。ここまで登ってきたことで距離はかなり短縮した形となり、準備を終えると早速シールをはって出発した。
杉林を通過するとまもなく大きな赤川に行く手を遮られた。これは予定外だったが幸いに木橋が架かっていて事なきをえる。初めてのルートは何がでてくるかわからない楽しみのようなものがある。対岸は獅子ヶ鼻湿原らしかったが今はまだ広々とした雪原となっていた。まもなく尾根状の高みへと進んでゆくと急斜面にでた。ここで難儀する人もでたがここさえ登り切ればいつものルートに合流できそうだった。何回かの休憩を挟みながら明るいブナ林を登ってゆく。小さなアップダウンがいくつもあるので下りのことを考えながらルート取りをする。やがて905m峰へとつながる尾根が正面となり、途中で昼食をとっているといつのまにか小雪が舞い始める。稲倉岳の岩壁が右手に迫り、やせ尾根を通過する頃には激しい風雪となっていた。悪天候の中行動してもしょうがないので標高1000m付近に早めのテント設営となった。落ち着いたところはいつもの幕営場所であり我が山岳会の定宿のような場所でもある。8人用と5人用のエスパースを張り終えると鳥海山麓に豪華なホテルができあがった。このテントの設営中に仙台遊遊館のスキーツアー4名が通過していった。時間はまだ午後1時をすぎたばかりだったが、設営後は8人用のエスパースに11人が車座になりさっそく乾杯となる。その後は外の荒れ模様を余所に延々と宴会が続いた。雪は夜も津々と降り続いていて、夜中トレイに起き出すたびにテントの雪下ろしを行ったりした。
(2日目)
翌日の起床は4時。朝食を食べ終える頃にはすっかり明るくなっていた。秋田県の天気予報は曇りのち晴れ。テン場付近の視界はそれほど悪くはなかったが山頂付近は厚い雲に覆われていた。テントはポールを抜いてデポしてゆく。ザックには必要なものだけを詰め込み、テン場を6時過ぎに出発した。雪は期待通りの新雪が降り積もっていて20センチ程度のラッセルが続く。時間も早いので割合にのんびりとしたムードで登ってゆくが、あいにく視界はだんだんと悪くなる一方だった。いくつかの急斜面を登り七五三掛付近までくると風雪混じりのホワイトアウトとなった。少し様子を伺うもののこれ以上の行動は不可能だろうという空気がメンバーから漂いはじめていてそれならばといさぎよく下山することとなる。シールをはがして滑降にうつると雪質がいいだけにスキーは快適だった。ところが大斜面を下るあたりから周りが急に明るくなり青空が広がり始めたのだ。皮肉としかいいようがないが視界も問題ないレベルとなっている。天候の急変とはこんなものなのかもしれないが、まだまだ9時30分と時間は早いうえに、引き返した地点からは150mしか下っていないことから急遽ここからシールを貼って再び登り始めることにした。
七五三掛への急斜面には4名のスキーヤーが張り付いていた。昨日ボク達の近くに幕営していた仙台遊遊館のメンバーらしかった。ときどき目の覚めるような日差しが降り注ぎ、青空が広がると外輪山や新山が時々神々しいばかりの姿をみせた。これは登ったものだけが味わう感動だった。七五三掛の急坂を登り切るとそこはすでに1800m。先を登っていた遊遊館にはこの付近で追いついた。ボク達よりも1時間遅い午前8時出発だったというから登り返しでロスした時間は1時間半ぐらいだった。七五三掛からはアイゼンを装着する。ここまで登れば山頂は射程距離内でありなだらかな千蛇谷に沿ってゆくだけで早ければ1時間ちょっとで山頂までゆける計算だった。しかし斜度が増すにつれてアイスバーンが多くなり、スキーアイゼンをもっていないものもいることから足並みが揃わなくなっていた。アイスバーンはストックも刺さらないほど恐ろしく硬く凍っていた。なるべくアイゼンがなくとも登りやすいコース取りをしてゆくのだが、斜度が増すにつれて次第にそれもかなわなくなり、これ以上はアイゼンがなければ登るのはほとんど不可能な地点までボク達は登ってきていた。しかしそこはすでに標高2000m。時間は予定していた12時を過ぎていてこのぐらいがんばればみんなも納得だろう。遊遊館のメンバーはボク達よりもわずかに低い地点ですでに行動を打ち切っていてまもなくするとスキーで下っていった。
ボク達はしばらく安全地帯で天候の回復待ちをしながら視界がもどったところで滑降開始となる。みんなは待ちきれなかったこともあるのだろう。まるで何かがはじけ飛ぶように斜面へとそれぞれ散っていった。広大な斜面と柔らかい雪面はほとんどゲレンデのようでもある。しかしこれほど広大で途方もないようなゲレンデもないだろう。パウダーのスプレーを巻き上げて次々と斜面にシュプールを描きながら下る楽しさは山スキーにおける最大の醍醐味でもある。ここはいくら滑っても雄大な斜面が途切れないので呆れるほどだ。みんなは快哉をあげながらこの鳥海山の山スキーに酔っているようだった。
テン場には滑り始めてから約1時間で戻った。風もなくなっていて春の日差しが燦々と降り注いでいた。ボク達は遅い昼食を食べながらのんびりとテント撤収を行った。このコースはここで終わりではない。テン場からも快適なブナ林がまだまだ残っているのである。雪は少しずつ重くなっていたがまぶしい日差しを浴びながらの春スキーは楽しいばかりである。昨日登ってきたトレースが残っていて登り返しがないというのもいい。深いトレースはまるでボブスレーコースのようでもあった。ブナ林の中のツリーランを楽しんでいると赤川の渡渉地点が目前となっていた。赤川の木橋を渡りきれば中島台レクレーションの森まではいくらもかからない。柔らかい春の日差しがブナ林に降り注いでいて、季節はすっかり移り変わったのを実感した。下山後はいつもの鶴泉荘に入浴して汗を流した。そして奈曽白滝の店で美味しい地元のラーメンをいただいてから解散となり楽しい二日間が終わった。