朝から曇り空が広がっていた。桧原の県道沿いは見上げるほどの高さの雪壁となっていて、尾根に取り付くにはまずここをクリアしなければならなかった。高さは少なく見ても3mはありそうだった。下ってきても降りられる状況ではないので少し下工作をしてからスキーを放り投げた。そして橋の欄干を四つん這いになって雪面へとあがった。
これまでは雪面が堅かったり雪が切れていたりして悪戦苦闘しながら登った記憶があるのだが今回は違った。まだ2月ということもあるのだろうが積雪がかなり豊富でどこでも登ってゆけそうだった。しかしその分ラッセルは大変である。初めはスキー靴が埋まる程度でも急斜面ともなると膝までのラッセルが続いた。
今日は南岸低気圧のため太平洋側では雪模様らしいのだが西川町は高曇りのまずまずの天候だった。寒気もそれほどではなく登っているうちに汗が流れジャケットは途中で脱いだ。右手に月山や湯殿山の山並みを眺めながら黙々と登ってゆく。山頂までのルートは結構アップダウンがあるのでなかなか高度が稼げない。しかし快適な尾根歩きを続けているとまもなく正面奥の小桧原川源頭部付近から赤見堂岳の白い稜線が見えるようになった。
951m峰が近づくと高度がだいぶ上がったのを実感するようになる。1年ぶりにみる周囲の風景はいいものだった。例年よりもはるかに多い積雪のためか斜度も緩やかでやせ尾根が広々としている。振り返ると寒河江川や寒河江ダムがだいぶ低く見えるまでになっていた。951m峰を越えると前方にひときわ大きなピークがたちはだかるが見た目ほどの高度感はない。このピークは登らずに右手の尾根へとトラバースだ。ここも積雪が豊富でどこからでも登ってゆけそうだった。
石見堂岳が近づくにしたがって斜度は次第に緩やかになる。この付近ではせいぜい10センチ程度スキーが沈むだけでラッセルというほどではなくなっている。疲れも感じていたが一歩一歩登ってゆくだけだった。夕暮れのような薄暗さだった上空にはいつのまにか青空が広がり始めていた。明るさを増した月山の左手には妖しく光り輝く鳥海山が見えた。庄内側は朝から晴れていたのだろうか。薄曇りがずっと続いていただけにこの不思議な光景には正直びっくりした。ゆるやかな高みを登り切り、赤見堂岳が正面に現れるとそこが石見堂岳の山頂だった。
山頂到着は12時30分。5時間近くかかってようやく登り着いた感激は大きい。天候は期待していなかっただけにいま見ている青空が信じられない思いだった。石見堂岳の山頂は結構広く、前方に進むと山頂の目印ともなっている大きな岩がある。正面には鍋森から赤見堂岳、大桧原山へと連なる稜線が延びており、遮るものがない光景が広がっていた。
展望を十分に楽しめばあとは往路を戻る。気温は氷点下なので雪質は文句なし。山頂からはしばらく無木立の斜面をのびのびと滑ってゆく。まさしくラストパウダーでもありこれほどの快適な滑降はなかなか思い出せないほどだった。単独では雪崩が一番怖いので基本的に尾根を忠実に下ったが、途中の951m峰を右手から巻いてゆくトラバース個所だけは少しヒヤッとした。
尾根の中間地点まで下ってくると春山のような日差しが降り注ぐようになる。気温があがり朝のパウダーは微塵もなくなっている。その湿った重い雪に足を取られて転倒したら起き上がる拍子に足が攣ってしまった。それからは疲れた両足をダマシダマシ下ったが肉離れをおこしそうなほどの痛みに何回も立ち止まらなければならなかった。登り返しを避けるためにショートカットをしようとしたら今度はひとつ尾根を間違ってしまったりもした。もう100mも高度を下げれば県道だろうという地点だったがそこはシールを貼り直して元の尾根に戻った。そこから少しくだると眼下に県道が見えてきて、振り返るといつのまにか上空は澄み切った青空が広がっていた。最後はスコップで雪壁を崩して道路へと飛び降りた。