山 行 記 録

【平成23年3月6日/志津温泉〜湯殿山〜南東尾根】



石跳川から湯殿山へ向かう



【メンバー】西川山岳会5名(安達、大江、神田、荒谷、蒲生)
【山行形態】山スキー、冬山装備、日帰り
【山域】月山
【山名と標高】 湯殿山 1,500m
【地形図】(2.5万)月山、(20万)村上
【天候】雪(風雪)
【温泉】西川町 水沢温泉郷(300円)
【参考タイム】
 志津温泉8:00〜湯殿山10:40〜休憩(1100m地点)11:30-12:00〜志津温泉12:40

【概要】
 今日は朝から雪が降り続いていた。昨日は快晴だったというのにそんなときに限って山スキーにはゆけない。世の中とはうまくゆかないものである。志津温泉に集まったメンバーは全部で5名。こんな天候の時でさえも遠方から駆けつけてくるのだからみんな山スキーがたまらなく好きなのだなあとあらためて思う。庄内地方には暴風雪警報だか風雪注意報が発令されていて、今日の湯殿山は間違いなく吹雪だろうと思うと少し気が滅入ってしまいがちだが、仲間と一緒であればひとが思うほどつらいといった感情はないものである。

 この時期は駐車地点からシール登高が始まる。駐車場には何パーティかいたのだが、姥ケ岳へと向かうものがほとんどで、ネィチャーセンターからは誰もいなくなってしまった。湯殿山へと向かっているトレースは一人分があるだけだった。始めこそ穏やかに雪が降っていたのだが、石跳川を遡るにつれて降雪は徐々に増していった。気温も低く雪は吹けば飛ぶようなほどの軽さだった。それに昨日から降り続いた雪は結構な積雪があって、僕達のトレースを振り返るとボブスレーコースのような深い溝ができあがっていた。

 途中から右岸台地に上がると風は一層激しさを増した。この付近はまだブナ林なのでそれほどでもないのだが、稜線はかなりの風が予想された。こんな天候では急いでもしょうがないので、時々小休止をとりながら南東尾根へと取り付いた。先行者のトレースはまだ残っていてラッセルというほどではなかったのだが、その人は森林限界付近から引き返すらしく途中で高度を上げるのをやめた様子だった。僕達は先行者のトレースに別れを告げ最大斜度に沿って登り始めた。その頃からだろうか。視界はほとんどなくなってしまい、近くのブナ林でさえもかろうじて判別できる程度しかなかった。

 森林限界を過ぎると完全なホワイトアウトとなってしまい、尾根の状態も含め右も左もわからなかった。風雪も厳しくなるばかりで、メガネやサングラスなどは完全に凍り付き、そのため途中から目出帽やゴーグルを装着した。顔からの蒸れもあったのだろう。そのゴーグルも一瞬にして凍った。ホワイトアウトといっても視界がわずかでもあればなんとかなるものなのだが、今日は足下しか見えないという最悪の状況だった。いつもであれば間違いなくツアーを取りやめるているところだろう。しかし今日のメンバーは止めようと言い出す者がいなかった。もしかしたら厳しすぎるほどの冬山もたまにはいいものだと喜んでいるのかもしれなかった。それに今では文明の利器であるGPSもある。僕のは地形図も入っていない安物だが、ポイントと大まかなルートを入れてあるので、方角がわかるだけでも安心感がある。しばらくそのGPSを時々確認しながら山頂をめざした。

 普通2番手以降であればそれほど不安になることもないだろうが、トップを行くものにとって今日は危険と隣り合わせだった。間違いなく尾根に沿って登っているはずだと思っていても、そこがいったい尾根の右側なのか左側なのかが一切わからなかった。そのため僕は何回か右手の雪庇を踏み外した。幸い沢底まで落ち込む箇所ではなかったが、場所が違っていれば間違いなく雪崩を誘発しそうなほどの急斜面だった。

 いよいよ山頂が近くなった頃、すぐ後方にいるものと思われた仲間から「方向が分からなくなった」と無線が入ったりした。すでに1m先さえもわからない最悪の天候になっていた。自分のスキーでさえもうっすらとしか見えないほどなのだ。幸い仲間は数メートルも離れていなかったのだが、それでもわからないほど視界がなくなっていた。途中で全員の安全を確認し、そこからはわずかな距離を登って山頂に到着した。

 山頂はこれ以上の悪天候はないだろうといえるほどの厳しいブリザードの嵐だった。山頂といってもいったいその地点が本当に山頂かどうかは誰もわからなかっただろう。しかしGPSだけは山頂に到達したのを示していた。僕達はシールを風で飛ばされないように雪面に横たわりながら必死の思いでシールをはがした。

 山頂といっても何も見えず右も左も上も下もわからなかった。この状況下で山頂から下るのは至難の業といえそうだった。しかし、登ってきた限りはとりあえず安全な樹林帯まで戻らなければならなかった。いくら無線があるとはいえ、はぐれればすぐ遭難に結びつきそうな状況なのも確かだった。単独であればそんなに不安はないのだが、今回のようなパーティの場合は同行者の安全確保が最優先だった。そのため視界が戻るまではボーゲンで全員連なりながら下ることにした。それでもトップの僕は進んでいるのか止まっているのかもわからず何回も転倒した。そしてまたもや雪庇を2回ほど踏み抜いて全身が深雪に埋まった。

 白い闇の中、山頂直下の急斜面を横滑りやボーゲンで耐え続け、ようやく樹林帯がうっすらと見えてきたときにはメンバー全員が安心したことだろう。そこからは今日の厳しい悪天候に耐えた者だけへのご褒美である深雪のパウダーが待っていた。手袋や帽子などはガリガリに凍り付いていたが、その厳しいほどの寒気が雪質を最高の状態に保ってくれたようである。ブナの疎林帯では久しぶりに味わう極上の浮遊感に酔いしれた。たぶんみんなも同じ思いだったことだろう。表情には少しずつ笑みが戻り、山スキーの醍醐味をいまようやく味わっているように見えた。

 湯殿山の南東尾根といっても短い。今日の苦労に対して滑りの楽しさはあまりに短かったが、それが山スキーの魅力ともいえなくもない。雪は絶え間なく降り続いていたが、山頂から比較すると樹林帯はウソのような平穏な世界に戻っていた。この一角で僕達はツェルトを張って休憩をとることにした。たぶん、稜線ではほとんど生きた心地などしなかった者もいたことだろう。食欲がないメンバーもいて今日は少しだけ難行苦行だったのかもしれなかった。休憩地点からはほとんど流しながら石跳川へとスキーで下った。粉雪だった雪質も下るに従って徐々に重くなってゆく。下界の気温は思いのほか高いらしく、雪はいつしかみぞれに変わろうとしていた。


コース

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