山 行 記 録

【平成22年7月24日〜25日/天元台〜弥兵衛平〜東大巓〜谷地平〜一切経山〜浄土平



谷地平(前方は東吾妻山と前大巓・左)



【メンバー】単独
【山行形態】夏山装備、避難小屋泊
【山域】吾妻連峰
【山名と標高】東大巓1,927.9m、一切経山1948.8m
【地形図】(2.5万)天元台、吾妻山、土湯温泉(20万)福島
【天候】(24日)晴れ、(25日)晴れ
【参考タイム】
(24日)天元台10:00〜人形石10:40〜大平分岐11:30〜明月荘分岐12:10〜東大巓12:20-12:35〜谷地平分岐12:45〜谷地平14:40〜駕篭山稲荷分岐15:00〜谷地平避難小屋15:10(泊)
(25日)谷地平避難小屋5:00〜姥ヶ原5:50〜酸ガ平避難小屋6:30〜一切経山7:10-8:00〜酸ガ平避難小屋8:30〜浄土平9:45
浄土平12:00=バス=福島駅13:48=新幹線=米沢=車=自宅

【概要】
 吾妻連峰における本格的な縦走は随分と久しぶりだ。前回、天元台から昭元山、烏帽子山、兵子、家形山、一切経山とたどり、浄土平へと縦走したのは16年前だと知って我ながら驚いた。数ある吾妻連峰でも最後まで残っていた未踏のルートが谷地平であり、以前から気にかかっていたものである。縦走と言えば聞こえはいいが、ロープウェイとリフトを使った安直登山なのであまり大きな声ではいえないのも確か。しかし、猛暑の続くこの夏、熱中症に倒れるよりは実にいい選択だとも思うのである。谷地平は何カ所もの渡渉箇所があると聞いていたので今回は長靴で歩くことにした。

 山スキーでは数え切れないほど利用している天元台も、夏に訪れるのは何年ぶりだろうか。ロープウェイもリフトも夏山を楽しむ登山者であふれかえっていた。大袈裟にいえばスキーシーズンよりも混雑しているようにも見えるくらいなのである。湯本駅からロープウェイとリフトを乗り継げばそこはすでに標高1820mの北望台。そこでは爽やかな涼風が流れ、照りつける日差しも実に柔らかいものだった。

 北望台から人形石までは少し歩きづらい道が続いた。登山道の両側にはモミジカラマツがびっしりと咲く。大きな岩が目印の人形石では、大勢の登山者が休んでいた。人形石から少し進むと、東大顛へと延びる木道が眼下に見えた。山スキーでは見慣れたこの光景も、こうして眺めると風景が実に新鮮に映った。木道が現れると吾妻連峰の広大な高層湿原が続く。弥兵衛平と呼ばれるこの湿原にはキンコウカやワタスゲが一面だった。少し赤っぽく見えるのはチングルマの果穂で、つい先日までは湿原一面に咲いていたようだった。途中で一人の登山者とすれ違ったが、その人は立岩から人形石までの往復だった。しかし、縦走路上で出会ったのはこの人ぐらいで、人形石での喧噪さがまるでウソのようであった。

 今回のルートは東大顛から谷地平までの500m近い高度差をいったん降りなければならない。そして明日は一切経山まで再び500mの高度差を登り返すという、普通の山登りとは逆の行程なのである。その谷地平への分岐点は東大顛から家形山方向へ2〜300m進んだ地点にあった。なにしろ十数年ぶりなので、この地点もまるで記憶からは消えていた。分岐点から谷地平へはわずかに木道を歩き、すぐに灌木帯へと入ってゆく。実態は灌木帯というよりヤブ同然といったほうがよいかもしれない。道刈りが全然されていなかったのである。谷地平まではまだかなりの距離があるのに先が思いやられた。ぬかるみや小沢を渡渉したかと思えばすぐにヤブ道となる。まあ、どうにか部分的に踏跡はあり、歩く人はいるらしいのだが、それにしても道は悪いものだった。やがて沢から離れると、ササヤブはさらにひどいものになった。それでも忘れた頃に古い標識が現れるので、ルートは間違っていないようだった。登山道は小さな上り下りを繰り返しながら、いつ終わるともなく続いた。そして、ヤブ道にうんざりした頃、突然、道刈りされたところに出た。谷地平はそこからまもなくだった。

 谷地平には木道が敷かれ、広々とした湿地帯だった。東大顛からの道があまりに悪かったせいもあるのだろう。僕は一瞬まるで小さな尾瀬ヶ原にでも出たような錯覚がした。そこにはオゼコウホネやニッコウキスゲの花などはなかったが、吾妻連峰のど真ん中にぽっかりと開いた桃源郷を思わせたのである。前方には前大顛や蓬莱山、中吾妻山があり、後方には東大顛、昭元山、烏帽子山、兵子、家形山へと連なる明瞭なスカイラインがある。その山々に取り囲まれるように、ひっそりと谷地平湿原があった。今日はその広い湿原が一人だけの貸し切りなのだからまるで夢を見ているようでもある。僕は木道でザックを置き、長靴を脱いで少し横になってみた。ここにいると無限の時間というものを思わずにはいられない。あるいは時間の贅沢さというものも考えてみた。静寂とした雰囲気の谷地平は、そこにいるだけで心が洗われるようだった。湿原にはワタスゲとキンコウカが咲いていたが、端境期なのだろうか。花はそれほど多くはなかった。

 木道は東吾妻山に向かってまっすぐに延びてゆき、やがて大きく左へと曲がりながら台地状の谷地平を降りていった。谷地平の末端部分まできたところで、木道を一人登ってくるのに出会った。その人はザックを持たずにカメラだけを携えていた。それで僕と同じく谷地平避難小屋への泊まりなのだろうと思った。声をかけてみるが全く気づかないようだ。目前まで近づいたところでようやく振り向いてくれた。耳が少し遠い人なのかもしれなかった。

 駕篭山稲荷神社への分岐をさらに左手に進むと沢があり、その前方に谷地平避難小屋が見えた。小屋は谷地平湿原から意外と近距離にあった。谷地平避難小屋が新しく建て替えられたと聞いてから随分と経ってしまったが、初めて見る小屋は予想以上に新しいものだった。中にはいるとザックがひとつだけある。たぶん先ほど木道で出会った人のものなのだろう。まだ夕食には早いので僕はザックを置き、近くを流れる川原でしばらくのんびりとした。誰も小屋にやってくる気配はなく、聞こえるのは沢を流れる音と鳥の鳴き声だけだった。4時頃に小屋に戻ると、先ほど出会った登山者も続いて小屋に入ってきた。その人は東京からきた人で、浄土平からの往復らしかった。僕はさっそく缶ビールを開けて、その後、文庫本を取り出した。しかし、1ページも読み進めないうちに寝てしまった。たった1本の缶ビールで簡単に酔いがまわったらしかった。

 突然、ざわついた物音で目が覚めた。二人連れの登山者が小屋に入ってきたところだった。まだ外は明るかった。今日は二人だけの山小屋かと思っていたところに、新たな2名が加わったため、小屋内は急に賑やかさを増したようだった。二人は鶴岡市からきたという夫婦連れで、僕と同郷であった。そんなことから話も弾んだ。明日も天候はよいのだろう。窓の外はオレンジ色に染まっていた。こんな時間に谷地平にいられたらどんなによいだろうと思った。

 翌日は4時過ぎに起床した。すでにだいぶ明るくなっており、外に出てみると肌寒いほどの風が吹いていた。僕は例によってラーメンを作りながら朝食の準備をはじめた。といってもほかには漬け物とトマトしかないのだが。全て食べ終えると少し元気が出た。一晩ぐっすりと眠ったおかげで、昨日の疲れはほとんど取れていた。パッキングを済ませ、3人に別れを告げて外に出た。風は相変わらずだったが、幾分気温が上がったのか半袖でも十分だった。

 小屋からはすぐに急坂を登るものと思ったのだが今日も渡渉から始まった。その後も沢の渡渉とぬかるみがあったりして、このコースはやはり長靴で正解だったようだ。途中から急坂となるとようやく高度が上がってゆく。姥ヶ原にはおよそ50分で登り着いた。薄暗い樹林帯から抜け出したところで、突然、湿地帯や木道が現れるといった光景はまるで昨日の再現のようだった。

 風は東大顛の方角から一切経山の方角へと流れていた。気温はいったい何度あるのだろう。実に爽やかで、長い間忘れていたような高原の風であった。この風があるならばどこまでも歩いてゆけそうな気がした。時間はまだ早く、6時を過ぎたばかりだった。付近を歩いている人は誰もなく、写真も撮り放題だった。木道を進むとやがて鎌沼が見えた。鎌沼の左手を回り込んでゆくと一切経山と浄土平への分岐点だった。

 一切経山は最近の火山活動により酸ガ平避難小屋経由でしか登れなくなっていた。山頂直下付近から有毒ガスが噴出していて、浄土平からの直登コースは通行禁止であった。この付近まで来ると登山者が三々五々集まり始めていた。一切経山へ向かうと風がだんだんと強くなった。やがて右手眼下に吾妻小富士が見えてくると山頂まではまもなくだった。

 一切経山の山頂は広々としていた。風はめっぽう強く冷たかった。山頂からそのまま直進すると五色沼が眼下に現れる。「吾妻の瞳」とよばれる美しい沼であった。五色沼の神秘的な色合いと、その対極にあるような一切経山の荒涼とした佇まいは見ていて飽きなかった。浄土平のバス時刻まではまだまだ時間があり、僕はこの五色沼を眺めながらしばらく横になっていた。


天元台


人形石


タカネシュロソウ


ムカゴトラノオ


ミヤマリンドウ


イワオトギリ


人形石直下


西吾妻山(人形石から)


人形石から


ワタスゲと磐梯山


キンコウカ


明月荘分岐


谷地平分岐


渡渉が何カ所も


コバギボウシ


テガタチドリ


谷地平


湿原と家形山


マルバダケブキ(小屋近く)


谷地平避難小屋


小屋の内部


姥ヶ原の地蔵


鎌沼


一切経山を下る(東吾妻山)


吾妻の瞳 五色沼


一切経山を歩く登山者


酸ガ平避難小屋


噴煙を上げる一切経山


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