猿渡取水口の吊橋を渡りしばらくするとナカツル尾根の分岐点に着く。8月にはこのコースを真っ直ぐに登り大朝日岳を往復している。標柱に従って左へと進むとほどなく再び吊橋を渡る。対岸には小さな地蔵とお墓があって安全祈願に手を合わせて行く。困ったときの神頼み。最近は自分の足元も自信がないので頼れるものは何にでも、というわけである。まもなくすると尾根上から大朝日岳と小朝日岳が右手に見えるようになる。すっきりとした青空と冬を迎えるだけの山肌に秋の深まりを感じさせた。
朝の強い日射しが差し込むと登山道はまばゆいほどに輝いた。落ち葉が程良いクッションとなりサクサクと乾いた音が山中に響く。ひと登りすると水場があって飲んでみるとかなり冷たい。自宅から持ち上げた水道水は投げ捨ててさっそく水を入れ替えた。
ブナの葉はほとんど落ち尽くしていて見晴らしがいい。そしてまだ色付きを残している潅木類が日の光を浴びてひときわ輝いている。こんな日の山登りは本当に楽しいばかりだった。
上倉山の山頂にはおよそ2時間30分で到着した。予定よりもだいぶ時間がかかっている。今日は予定通り御影森山まで行けるだろうかという不安が終始つきまとっている。少し下ると大クロベを示す分岐点の標識があった。大クロベはここから右手にだいぶ下って行くようだった。時間は7分ほどで高度差にすれば50mぐらいである。こんなところに幹回りが9,7mという大クロベがあるなどとは今まで全然知らないでいたがこれを見つけた人もたいしたものだ。日本の巨木100選にも選ばれているというだけあって、いざ目前にすると圧倒されるような迫力がある巨大な大クロベであった。
登山道に戻るとそこから緩やかにくだってやがて急坂へと続く。紅葉はこの周辺が見事で全身が赤や黄色に染まってしまいそうである。降雪を前に木々達が最後の華やぎを放っているようかのようであった。この鮮やかな紅葉の向こう側には前御影森山らしき頂きが見えた。何回か歩いている稜線なのだがこの方向から見上げるのは久しぶりなのではじめてのような新鮮さがあった。高度が上がるに従って右手に見える大朝日岳も何となく近づいたような感じがした。振り返ると月山があり小朝日岳の左手奥には遠く鳥海山が空に浮かんでいた。
高度が1200mを越えるとブナの木からは葉が全く見られなくなる。全て落ち尽くしてしまい白骨のような枝振りが残っているだけである。前方には御影森山の頂があり、この辺りから再び急登が連続するようになる。日射しがあるとはいえ秋の風は冷たい。動いている分にはいいものの立ち止まると底冷えするような寒さを感じた。残りの高度差が100mを切ると小さなアップダウンを経てやがて山頂に到着した。
御影森山までの所要時間は5時間。のんびり歩きながら登ってきたとはいえ予想よりも1時間も余計にかかっていた。しかし山頂に登り切った感激はやはり大きい。大朝日岳から平岩山を経て御影森山へと連なる縦走路は何年振りになるのだろう。どこを見渡しても山、山、山の風景にしばらく見とれていた。懐かしい風景に久しぶりに出会った思いだ。前御影森山から中沢峰を経て長井葉山に続く稜線も久しぶりだ。体力が落ちているこの頃では我が町、長井市までは途方もない距離にさえ思えてくる。山頂では山形から来たという単独の人が昼食中で、しばらく話をしながら僕も休憩をとることにした。
山頂からの展望は見ていて飽きない風景が広がっていた。遠方は霞んではいたが蔵王連峰や吾妻連峰、そして飯豊連峰が見渡せた。そして飯豊の左手にはうっすらと磐梯山があった。孤高の頂をみせる祝瓶山は少し黒光りしていてなにか鉄の鎧に覆われているかのようにも見えた。平岩山への縦走路も秋の彩りといったものはなく、すでに山々では冬支度をおえているようだった。僕は寒さもあって昼食は早々に切り上げ、先客の登山者よりも早めに下山することにした。