駐車地点は村山市山ノ内の大鳥居。駐車場はないので路上駐車である。9台もの車が道路上に並んだため近くの人が珍しげに声をかけていった。10分ほどスキーを担いで除雪終了地点となる。ここからは快適なシール登高だ。林道を歩いていると正面に葉山の稜線がチラチラと見え隠れした。葉山はまだまだはるかかなた先だったが、その姿は驚くほどの白さに輝いていた。三枚平という平坦地を通過するとまもなく尾根への取り付きだ。ここからは烏帽子岩へと尾根がつながっているようだった。地形図をみると確かに845mピークへと明瞭な尾根が続いていた。
尾根は急坂から始まった。雪面も堅くて結構難儀したが両手両足を総動員してぐいぐいと登って行く。登ってすぐに気付いたのだがここはブナの疎林帯が続くところでスキーの滑降にも全く問題がなさそうだった。やがて927m峰直下へと登り着いたところで一息をつく。山スキーの部隊はすでにスキーアイゼンを装着していたが、テレマーク部隊はそうもゆかず、ようやく登り切ったという壮快感に満たされた。ここまで登れば大きな急坂はないようだった。
927m峰を超えると尾根はさらに明瞭となった。尾根は広々としていて村山葉山が前方にそびえ立つ。まるで夢をみているかのような光景が連続するのである。素晴らしい景観にただただ唖然とするばかりだった。登るほどに周囲の景色も広がりを見せ始め、振り返ると神室連峰から蔵王連峰へとつらなる奥羽山脈。遠く秋田駒ヶ岳や焼石岳までが望めるようだった。我らが鳥海山は異様なほどの近さにあって驚いた。
まもなく1217m峰の顕著なピークにたどり着くと展望は一変する。ここにはブナの大木が一本あるだけで別天地のような広々としたピークでもあった。すでに森林限界ということもあって、360度の大展望が広がっていた。取りあえずの目標値点である烏帽子岩は目前でもあった。このピークから往路をそのまま下るコースもなかなか良さそうである。ここまで約4時間。疲労もかなり蓄積していてメンバーの足並みも揃わなくなっていた。
小休止をはさんで目前への烏帽子岩へと登って行く。ここも結構な斜度があって急坂に苦労する。僕はシールのフリクションを最大に効かせてストックに力を込める。そして登り切ったところがまたまた大展望が楽しめるところで感激も新たになる。ピークからはたかだか1400m程度の山とはとても思えないほどの山岳景観が広がっていた。地形図をみるとここは1318m点。烏帽子岩がさらに近づいていた。ふと気付けば烏帽子岩のピークに黒く動くものがある。よく見るとそれは一頭のカモシカであった。さらに垂壁に近い烏帽子岩の東斜面にはこのカモシカがトラバースしたものと思われる踏跡もあった。
ここまで耐えに耐えてきたメンバー9名だったが、残念ながらこの1318m点から2人引き返すことになった。この先は烏帽子岩の北面トラバースという核心部も控えているので無理はできない。ここからはさらに自己責任の世界へと突入となるのである。葉山の山頂へは残った7名で向かうことになった。
烏帽子岩の北面は予想通り雪面が堅く締まっていて緊張した。いやらしいトラバースだったが、幸いにエッジが効かないほどではない。経験者である坂野氏がトップを切りながらぐいぐいと進んで行った。トラバースを終えて烏帽子岩の稜線へと登り返すとようやく核心部を乗り切ったという安心感に浸る。前方には葉山へのなだらかな雪原が広がっていた。
烏帽子岩から葉山奥ノ院までは見た目は近いようでも距離はまだ相当残っていた。すでにスキー滑走だけならばどこからでも下って行けそうなほどであったが、やはり山頂まで登りたい気持ちが優先する。予定時間を少しオーバーしそうだったが僕たちはさらに先へと歩き続けた。
葉山の山頂直下は最後のひと踏ん張りが必要だった。喉も乾ききっていて雪を何度食べたことだろう。それだけに葉山の山頂へ登り切ったときの達成感は格別でもあった。登り初めてすでに6時間。遅れているものもいるので全員が山頂へ揃ったのはそれからさらに15分後であった。山頂からは月山が目前で、大雪城が手招きをしているようにも見えるほどだ。鳥海山はというとまだ明瞭な姿を見せていた。昼頃から崩れるだろうという予報はありがたいことに外れている。天候が崩れる気配は一向になかった。
山頂直下では30分ほどの休憩を楽しんだ。長丁場を耐えてきただけに感無量のひとときでもあった。休んでいる間にもいつのまにか西側から薄雲が広がり始めていた。僕の足は攣りそうなほど疲れていたのだがみんなも同じだろう。天候が悪化する前に急いで下らなければならない。ひとまず元のコースを引き返し、烏帽子岩の手前から夏道に沿って下ることにした。右手には富並川の源頭部なのだが広々としたカール状の大斜面となっている。柴田氏が先頭を切ってこの斜面に飛び込んでゆくと次々となだれ込むようにして滑り降りて行く。ところがこの雪面はすでにクラストしていていわばモナカ状態なのだから始末が悪い。僕は至るところで転倒してしまいほとんど滑りにはならなかった。こんな雪面でも山スキーのベテランたちは苦もなく快適に滑り降りていった。
一気に300mほどの高度差を滑り降りると斜度も緩やかとなる。カールの底から見上げれば葉山の稜線がぐるっと僕たちを取り囲んでいた。大きな円形劇場のど真ん中にでも立っているかのような場所でもあった。さらに降りて行くと沢底となり雪をつないで対岸へと渡って行く。夏道は左手の尾根なのだが急峻な懸崖のために進めそうもなかった。その対岸の尾根もまもなくするとなくなってしまい、ここからはいかにも山スキーらしい場面が連続する。ルートはあってなきがごとしなので、地形図と終始にらめっこだ。そして富並川にかかる橋らしい地点をみつけるとようやく林道の道形にでた。ここで柴田氏が沢へ滑り落ちるというアクシデントがあったが、そこは山スキーの達人。体を捻り返しスキーで沢底に着地して事なきを得る。
この地点はちょうど夏道である山ノ内の登山口になっているところだが、大量の雪に閉ざされた姿からはここが夏道などとは到底想像さえできそうもなかった。夏ならばここで山行終了となるところも大鳥居までは6km近い距離がまだ残っている。しかしここからは林道に沿って下るだけである。林道はスキーが快適に走った。途中では大きなデブリが2カ所ほどあって緊張したが、小一時間もすると前方に山ノ内集落が見えてくる。9時間にも及ぶ長い一日が終わろうとしていた。
夢のような広い尾根が続く |
まもなく1217m峰 |
1217m峰 |
眼下が広がる |
1318m峰 |
烏帽子岩直下 |
烏帽子岩 |
烏帽子岩を通過 |
烏帽子岩が遠のく |
葉山奥ノ院 直下 |
葉山山頂から |
葉山神社と月山 |
滑降の途中で |
烏帽子岩カールを滑る |
烏帽子岩カールを滑る |
烏帽子岩カールを滑る |