北望台を出発するころはまだ深い霧に覆われていた。視界はおよそ50mしかない。さらに異常とも思えるほどの気温の低さが辺りをつつんでいた。白布温泉の気温は氷点下7度。山ではたぶん氷点下14、5度以下だろうと思われる。この冷え込みは手先の感覚さえなくなるほどの厳しい寒気であった。
すでに何人もの人達が入山しているらしく西吾妻山方面には深々としたトレースが伸びていた。今日はラッセルの必要もないようだった。梵天岩からは踏跡が西吾妻山へと向かっていたが視界は相変わらず悪かった。山頂はあっさりとあきらめて僕たちはまっすぐに西吾妻小屋へと向かった。
西吾妻小屋にはちょうど1時間で着いた。天候もいまひとつなのでとりあえず休憩とする。小屋では先客が2名だけだったが、その後、栃木からのテレマーク部隊なども加わったため、小屋の中はいつにない大賑わいを見せ始めた。休んでいると外の様子が急速に明るさを増した。心配していた天候も霧が晴れて快晴へと変わったようだった。外にでてみるとまぶしいほどの空の青さに一同大感激である。今日は急ぐ旅でもないので僕たちはみんなが出払ってから最後に小屋をでた。1時間以上も休憩したのにまだ正午前だった。
若女平へはどこを下ってもかまわない。先客たちも様々な方角へと下っていったようだ。僕たちはさっさとそれらの踏跡には別れを告げて右へ右へと方向転換した。そして広々とした尾根に沿って下ってゆく。小広い斜面は快適なツリーラン地帯でもある。前回単独で滑ったときには膝上の檄ラッセルのためほとんど滑降にはならなかったが、今回は極上のパウダーといってもよさそうである。あまりに楽しくてカメラを出す気にもなれなかった。
こんな楽しい滑降にはみんなからも笑顔が絶えない。そうこうするうち眼下には若女平が見えてくる。若女平では先行していた二人組が休憩中だった。僕たちはさらに奥のダケカンバ帯へと進み窪地のようなところで大休止とした。若女平までくればエンディングも近い。馬鹿話などを交えながらのんびりとした休憩時間を楽しんでいると時間の経つのも忘れそうであった。燦々と降り注ぐ日射しはすでに春の訪れを感じさせた。
さてここからは二人組のトレースが残っているので歩く必要もない。遠慮なく利用させてもらうとやがてヤセ尾根だ。ここもまだフカフカのパウダーが残っていて一気に滑って次の尾根へと乗り上げてゆく。ヤセ尾根を過ぎればもう最終部分を残すのみとなる。カラマツ林を縦横無尽に滑り抜けてゆくのも今日は楽しい。やがて杉の植林地となり、まだ荒らされてもいない雪面と結構な積雪のおかげで、ここも楽しみながら藤右エ門沢へと降り立った。
藤右エ門沢に架かる橋を対岸に渡れば若女平の登山口もまもなくだ。若女平を出発してからまだ40分しか経っていなかった。見上げると西吾妻山の稜線付近には雪雲がかかりはじめているようだった。今日はちょうどよいタイミングで降りてきたようである。ここまで降りてくれば降り注ぐ日射しも暑いくらいだ。心地よい汗を流しながらスキーを担ぎ、僕たちは湯本駅の駐車場へと向かった。