山 行 記 録

【平成20年7月20日/飯豊連峰 石転ビ沢からダイグラ尾根



飯豊山とニッコウキスゲ(草月平)



【メンバー】単独
【山行形態】夏山装備(アイゼン、ピッケル)避難小屋(御西小屋)泊
【山域】飯豊連峰
【山名と標高】梅花皮岳2000m、烏帽子岳2017.8m、御西岳2012.5m、飯豊山2105.1m
【地形図】(2.5万)飯豊山、長者原、(20万)村上
【天候】晴れ
【参考タイム】
飯豊山荘4:00〜石転ビ沢出合5:30〜梅花皮小屋8:00-8:30〜御西小屋11:20-40〜飯豊本山12:40-13:00〜宝珠山14:30〜千本峰16:00〜休場ノ峰16:30〜桧山沢吊橋18:00-10〜飯豊山荘19:00

【概要】
 昨日で東北地方の梅雨も明け、いよいよ本格的な夏山シーズンである。梅雨明けは昨年よりも2週間ほど早いようであった。その梅雨明け最初の3連休ともなれば飯豊の山小屋は激混みが必至なので日帰りで登ることにした。当初、ダイグラ尾根を登って石転ビ沢を下る予定だったが、最近の猛暑で早くも夏ばて気味のためあっさりとその計画はボツ。あの長大なダイグラ尾根を登り切る自信がないので逆コースとした。

 自宅を午前2時過ぎに出発し飯豊山荘には3時半頃到着した。まだあたりは真っ暗だ。それでも駐車場が満車なのはよくわかった。午前4時になると少し薄明るくなったものの、まだまだヘッデンが必要な暗さがある。暗いなかでも登り始める人たちは何人かいる。登山届記載所では早くも関係者が”出勤”して登山者の指導にあたっていた。

 温身平にはまだ夜の熱気がこもっていたが、それでも夏の朝特有の清々しい空気がみなぎっていて足取りは軽い。砂防堰堤を過ぎると急に明るさを増しはじめた。下ツブテ石は今年の5月中旬、ここから雪渓に登ったことを思い出すところだ。当然ながら下ツブテ石付近に雪渓はなくなっていたが、それでも少し先から雪渓が続いていて驚いた。7月下旬でこんなに雪渓が残っているのを見たことがなく、今年の残雪は予想をはるかに超えていた。その雪渓には彦右衛門の平からまもなくすると乗ることができた。雪渓上には涼しい風が流れていて心地よいばかりだ。梶川の出合を過ぎると、いたるところで雪渓の崩壊が見られるようになり、出合の先からは再び夏道に戻った。

 石転ビノ出合からはアイゼンを装着する。曇り空だが雪渓上は寒いくらいだ。手はかじかむほどで軍手をはめてゆく。下界の猛暑が信じられないほどの気温の低さである。目前の門内沢もまだまだ残雪は豊富で、このぶんならば稜線までまだ問題なく登って行けそうであった。

 登るに従って主稜線が見えてくる。稜線付近はすでに深緑の季節は終わり青々とした色合いを見せている。飯豊連峰は夏山の最盛期を迎えているようだった。周囲ではヨツバシオガマやミヤマキンポウゲ、チシマキキョウなど多くの花々が咲き競っている。本石転ビ沢を通過すると、北俣の出合からはガスが濃くなり始めた。ガスは徐々に霧雨となり、中之島から夏道に上がる頃には小雨模様となった。

 梅花皮小屋にはちょうど4時間で到着した。小屋にはいってみるといたって静かで、遅い朝食を作っている二人連れが一階にいるだけだった。昨夜は大勢の登山者で満員だったらしかったが、その人達も早い朝食を済ませると早々に小屋をでていったらしかった。私はしばらく雨宿りを兼ねて30分ほど休んだ。しかし一向に晴れる気配はなかった。しょうがないので雨具をきて梅花皮岳へ向かうことにした。小屋の外はまだ小雨模様が続いていた。

 ここまで何の問題もないと思われたが、お花畑が広がる景色を眺めながらのんびりと登っていると、途中から足の古傷が痛み出し愕然とする。梅花皮岳山頂で腰をおろし、このまま進もうか、それとも引き返そうかと迷った。しかしまだ時間は9時にもなっていないのだ。まあダマシダマシいってみようかとなんとなく縦走を継続することにする。雨はこの頃から止んでしまい、雨具は全く不要となったことも気持ちを後押しした。

 烏帽子岳山頂から少し下るとそこから先は残雪歩きだった。夏道はほとんど雪の下に隠れており、見下ろすと御西小屋まではずっと雪庇、雪渓歩きが続くようだった。御手洗ノ池付近では大勢の団体が休んでいた。聞くとほとんど関東圏からの登山者で若い女性も多い。天狗の庭も雪渓上を歩けそうだったが、先で雪が切れているをみて夏道を行くことにした。

 御西小屋ではミヤマキンポウゲが盛りを迎えていた。ここは交通の要所ともいえるところで、大日岳を往復する人や縦走する大勢の人が交錯する。御西岳から飯豊山の区間はまさしく花のオンパレードだった。いつも思うのだがここは飯豊連峰でも一番贅沢な稜線だろうと思った。ゆく先々で写真を撮りながら、一方では足の痛みを庇いながらなので、いっこうにペースは上がらなかった。大きく左にカーブをとると玄山道分岐まではニッコウキスゲの群落となっていた。まさしく馬にも喰わせるほどのニッコウキスゲが広がっているのだから驚く。このような群落をこの区間で見るのは初めてだった。まさしく圧巻としかいいようがないほど咲き乱れているのだ。もしかしたら今年はニッコウキスゲの当たり年なのかも知れなかった。他にはイイデリンドウやイワイチョウ、ヨツバシオガマ、ハクサンイチゲにハクサンフウロ、ハクサンコザクラ、アオノツガザクラなどなど、まるで花の図鑑をみているようでもあった。

 駒形峰を登っている途中から霧が濃くなってゆく。飯豊山山頂には午後1時少し前に到着した。予定時間よりも1時間以上遅れていたが、どうにか飯豊山の山頂に登り切ることができてホッとする。後はこの山頂からダイグラ尾根を一気に下るだけである。ダイグラ尾根は毎年登っているとはいえ、尾根を下るのは久しぶりだった。足の痛みも限界を感じていたのだが、今更後悔しても始まらない。転ぼうが泥まみれになろうが、ここは怪我をせず安全に下るしかなかった。

 山頂には数えるほどしか登山者はいなかった。それでも休んでいると三々五々と山頂へ登ってくる登山者が目立った。小屋泊りの人も多いのだろう。視界がないのをみて登山者達は小屋で休んでいるのかも知れなかった。話を聞いていると昨夜の本山小屋も超がつくほどの混み具合だったらしいのだが、今日もまた80人から100人ほど登山者が登ってくる情報もあって、管理人は他の小屋への移動を盛んに勧めているらしかった。

 飯豊山の山頂から下り始めるとたちまち足の痛みが襲ってきた。これまでダマシダマシで我慢してきたものが一気に吹き出してきたようである。ここまでの平坦な稜線歩きとダイグラ尾根の下りとでは天と地ほどの開きがあるのだ。痛みはピークに達しているらしく、ちょっとした弾みで疼痛が走った。痛みを庇っていると何でもないところでスリップしたり転倒したりした。脂汗のようなものも止めどなく流れた。一方では日射しがない分だけ今日は感謝しなければならないようだった。山頂を後にしてからは稜線をガスが少しずつ覆いはじめていた。登山道の両側にはヒメサユリがびっしりだったが、半分以上は盛りを過ぎて枯れ始めていた。

 ダイグラ尾根は普段ならばエスケープルートとして考えるほど好きな尾根だったが、足を痛めた者にとってはそんなに甘くはなかった。いくら下っても次のピークが待ちかまえていてなかなか宝珠山が近づかなかい。一歩一歩が亀のような遅さではいつ着くかもわからなかった。ただ明るいうちに吊橋まで降りなければならないので休憩はなるべくとらないで歩き続けた。今日のダイグラ尾根は底が見えない途方もないような距離を感じた。

 この時期のダイグラ尾根にはほとんど雪は残っていないだろうと考えていたのだが、宝珠山のピーク手前からは結構残雪があって助けられた。その雪を手でほじくっては顔を拭ったり、シャーベット代わりにして食べながら渇いた喉を潤したりした。さらに宝珠山の肩付近でも雪渓はブロック状にかなり残っていて、そこは当然ながら雪上を通過した。宝珠山を過ぎると今度は巻き道が多くなった。何度も何度も似たようなピークを巻いてゆくのでうんざりするほどだ。急斜面の岩場手前では雪渓の融雪水がとれるところがあり、そこではカップを取り出して少しでも水分の補給に努めた。

 休場ノ峰には午後4時半に到着した。ようやくたどり着いたと云ったほうがよいかもしれなかった。12時間以上も歩き続けてまだ休場ノ峰なのだ。桧山沢の吊橋までは高度差にしてまだ800m以上も下らなければならない。ガスが濃くなり始めたのも原因かも知れなかったがすでに辺りは薄暗さを見せ始めていた。ここからは怒濤のような急坂が続くところだ。亀のような下りがまたさらに遅くなってゆくことだろう。いつもならば短時間で下れるのだが、気の遠くなるようなダイグラ尾根の長大さを今更ながら見せつけられているようであった。

 桧山沢の吊橋に降り立った時には午後6時を過ぎていた。痛めた足はボロボロになっていた。終始負荷をかけ続けたためだろう。ストックはすでに直角に折れ曲がってしまいひどい状態だった。ズボンは泥だらけになり、胸にぶら下げていたタオルは鮮血で真赤だった。怪我というほどではなかったが、何回も転んだ時に両腕は擦り傷だらけになっていた。山奥だけにあたりは日没を迎えたような薄暗さにつつまれていた。しかし、どうにか無事に降り立ったことでようやく安堵感に浸った。あと小一時間もあれば飯豊山荘に戻れるのである。15時間の山旅がようやく終わろうとしている。ここでは桧山沢の沢水を心ゆくまで飲み干した。林道に出ると静かに雨が降りだしていた。雨は容易に止むことはなかったが、その冷たい雨がかえって心地よく、私は濡れ続けながら飯豊山荘への暗い夜道を歩き続けた。


石転ビノ出合


梅花皮小屋を振り返る


御西小屋


御西小屋と登山道


チングルマ・アオノツガザクラ・イワカガミ(御西付近)


草月平から振り返る御西岳


イイデリンドウ(草月平で)


飯豊山


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