(6月1日)
降り続いていた雨は朝方になるとすっかり上がっていた。薄明るくなったのを機に外に出てみると、モルゲンロートに染まる鳥海山が雲ひとつない空にそびえ立っていた。予定した7時の集合時間になると山形から大場さんがやってきた。今日はこの総勢6名での板洗いということになりそうだった。避難小屋のグループはみんな飲みすぎたのかまだ出発する様子はなかった。
しばらく夏道に沿って登り始めた。雪はかなり融けたとはいっても昨年よりは雪は豊富だった。ところどころに残雪があり、新緑のブナとのコントラストが美しい。雪が多いとはいっても途中で切れているために、1時間ほど夏道を歩かなければならなかった。そしてタッチラ坂の五合目、1190m付近からシール登高を開始する。見上げると鳥海山の西側から雲が湧き出していたが崩れる様子はなかった。
順調に高度を稼ぎながら唐獅子小屋には約2時間で到着した。小屋前では昨夜宿泊したという秋田県の団体が入っていた。他に宮城の大学山岳部もいて賑わいを見せている。みな坪足の登山者達で、昨日は雨の中をこの唐獅子小屋まで登ってきたのだという。今日はあらためて山頂をめざしたらしかったが、強風とガスのために9合目から引き返し、これから下山するところであった。そういえば山頂付近にはいつのまにか雲が居座り、視界もなくなりつつあった。私達はしばらく天候の快復まで小屋で待ってみることにした。
小一時間もすると天候は快復して再び青空が広がるようになった。この避難小屋から山頂までの標高差はおよそ600m。普通に考えれば2時間の行程だが、シールで登ればロスもないので1時間ちょっとしかかからない。楽勝だろうと思って颯爽と登り出したのだが、それでも山頂直下の急坂ともなると何回も立ち止まりながら呼吸を整えなければならなかった。
山頂には11時ちょっと過ぎに到着した。好天にもかかわらず人の姿は一人だけしか見当たらず寂しいほどだ。その単独行も私達と入れ違いに祓川へとスキーで下っていった。七高山の山頂からは始めこそ日本海まで見渡せたが、まもなくガスに覆われてしまった。休んでいると登山者が一人二人とちらほら登ってくる。しかしそれでも数えるほどしかいないようだった。風はさすがに冷たいので30分ほどの休憩で切り上げ、途中の水場まで下ってから昼食をとることになった。
広大な鳥海山の東斜面とザラメ雪はスキーの技術も何もいらない。山頂からは快適な滑降の始まりだった。斜度もあるのでスキーも良く走った。ふざけたり戯れたりしながら下っていたら何でもないところで転倒したりした。今日の私には緊張感がまるでなかった。一方、今日が新しい板の使い初めという荒谷さんは終始ご機嫌の様子だった。下るほどに気温は上がってゆき、水場までくだる頃にはアウターも必要がなくなっていた。
屏風岩からひとつ北側の尾根の陰に水場がある。ここはおよそ1400m地点でいつもの休憩場所となっているところだ。ここでは風もないのでそれぞれ思い思いにのんびりとした時間を過ごした。山頂はすでに薄雲が覆っていて先ほどまでの好天は失われていた。
いつもの赤沢川も気持ちの良い滑走だった。尾根に戻る地点では急勾配のトラバースが待っていたが坪足で凌いだ。この辺りからは残雪の幅も狭くなり、藪をかきわけるようなスキー滑走が続くところだがそれもしばらくの辛抱だ。途中から沢底を滑るようになると一気に大清水山荘が近づいてくる。そして大清水園地の標高まで下ってしまえばスキー滑走も終了となる。
そこからは昨年同様に沢を一カ所渡渉しなければならなかったが、深さも川幅もたいしたほどではない。沢中にスキーを放り込み、ジャブジャブと汚れを綺麗に洗い落とすと、今年のスキーに思い残したことは何もなくなったような気がした。対岸に渡って10mほどの藪を抜けると、ミズバショウが咲き乱れる大清水山荘は目の前であった。
シーズン当初はパウダー三昧の日々が続き、春スキーになると豊富な残雪を利用して至るところを滑りまくったという思いが今年はことのほかに強い。そして今年のように天候に恵まれた年もなかったのではないか。例年にない豊富な雪と好天に恵まれて充実した山スキーのシーズンが終わろうとしている。こんなシーズンはもう後にも先にもないのかも知れない。当たり前のように週末毎に続いていた11月からの山スキーが、今回で最後なのだとはとても信じられないでいた。
大清水山荘の朝 |
タッチラ坂を登る |
ようやく五合目 |
快適なシール登高 |
若い女性で賑わう唐獅子避難小屋 |
ようやく山頂へ |
山頂からの滑降 |
赤沢川通過地点 |