山 行 記 録

【平成19年12月1日(土)/志津温泉〜湯殿山】



ホワイトアウトの湯殿山



【メンバー】単独
【山行形態】テレマークスキーによる山行、冬山装備、日帰り
【山域】月山
【山名と標高】 湯殿山 1500m
【地形図】(2.5万)月山、(20万)村上
【天候】曇り時々晴れ
【参考タイム】
 志津温泉10:50〜湯殿山15:15〜ブシ沼〜志津温泉17:30
 
【概要】
 朝、自宅を出るときには雨模様だった。気温も高くこれでは山でも雪は望めそうもないので、今日は最初から取り残しのキノコ目当て、もしくは明日の山行偵察ということで湯殿山周辺に出かけてみることにした。志津温泉からはすでにゲートが閉じられて車は通れない。車は4台捨てられてあったが、みんな月山にでも向かったのだろうと思いながら六十里越街道に入ってゆく。踏跡はないので他に湯殿山に向かった人はいないようだ。幸いに雨は上がり一部には青空もみえはじめていた。

 途中から山に入ると雪は結構しまっている。しかし、積雪量は予想外に少なく、潅木類はまだほとんど埋まっている様子はなかった。先週末は寒気の流入により完全な冬山となったのだが、その喜びもつかの間のようであった。1週間ものあいだ、晴天が続いたのだから無理もないのかも知れない。それでも登る分には問題はなさそうなので辺りを見回しながら登って行く。積雪の少なさから、普段は全く見ることのない夏道の標識が出ていて、それはそれなりに楽しいものであった。標柱は装束場へと続いているようだった。途中、カワクルミ沼らしき付近を通過すると、石跳川の支流が現れ、そこは大きく迂回して対岸に渡った。徐々に太いブナも目立ってきたが、細いブナもかなり多く、今日はほとんど滑りにはならないようだった。

 あたりほとりに目を配りながら登っていると、いつのまにか見覚えのある湯殿山の急坂直下まで近づいていた。すでに午後1時近い時間であった。この時期は日が暮れるのも早いので、今日は午後2時をタイムリミットにしている。あと1時間でどの辺りまで行けるかわからなかったが、一応湯殿山への急坂を上ってみることにした。

 森林限界を超えると志津温泉街や姥沢駐車場も眼下となる。薄曇りながらも下界はまあまあの天候のようだった。山頂まではまだ400mほどあるが残り時間もどんどん少なくなってゆく。タイムリミットとしていた2時は目前であった。しかし、偽のピークが目前に現れると欲も出てくるのが人情である。まあ登ってみるかという事で、山頂だけは踏んでこようと予定を変更する。いつもの行き当たりばったりである。ここまでは予想外に天候が持ってくれたのだが、湯殿山の上空には薄黒くぶ厚い雲が広がり始めていた。右手の姥ケ岳は中腹から上はすっかり雲の中だった。

 標高が1300mを越えると灌木のかわりに笹薮が目立ってくるようになった。厳冬期には数メートルの積雪に覆われる湯殿山も、山の微妙な襞や沢形もはっきりとわかるぐらいでは、まだまだ積雪は序の口のようである。山頂が目前となるとガスに包まれてしまい視界が次第に失われてゆく。尾根沿いなのでルートには不安はないものの、楽しみもないのが寂しい。

 湯殿山到着は15時15分。登り始めてから4時間30分も経っていた。山頂はホワイトアウトであった。さすがに樹林帯とは比較にならいないほど風が冷たい。すでに夕暮れが迫っていて、視界は数メートルほどしかなかった。長居は無用であった。シールをはがして手早く下降することにした。

 笹薮は頭だけが出ているのでなんとかターンは可能だったが、すぐに引っかかったりして何回も転んだ。潅木も多くてとても快適な滑りにはならなかった。横滑り、後ろ滑り、斜滑降などでヤブの間を抜けながら降りて行く。ブシ沼は積雪が心配だったがなんとか渡れた。その先はまたヤブが待ち受けていた。ピークを超せばほとんど登り返しがないと思ったら数え切れないほどの登り返しがある。それもこれも滑りにならないからであった。その途中でヤブに引っかかったスノーポールが折れてしまう。こういった時のために修復材も持ってはきていたが、それよりも先に進もうと思った。アクシデントが続いて私は少し焦りを感じていたのかも知れなかった。

 ストック1本では滑るにも、また登りも歩きも不可能だった。枝をストック代わりにと思ったのだが、生木では容易に折れなかった。しかたがないのでシールを再び貼って歩くことに変更する。ついでにザックからヘッデンを取り出した。周りは雪の状態もわからないほどの暗闇のため、自分の踏跡を追うことにして大きく左にルートを変更する。しかし、踏跡を見つけてからのほうが時間がかなり長く感じた。いくつも同じ様な踏跡が続き、さらに似たような登り返しが連続するのである。まるでリングワンデリングに陥っているような錯覚さえ感じて気持ちが落ちつかなかった。

 月明かりさえあれば雪山は結構歩けるものなのだが、月も星もなく、まして密林のような樹林帯ではほとんどルートがわからない。幸い踏跡は見失うことはなかったものの、時間だけが経ってゆくばかりだった。今日は山岳会の総会が5時半から予定されていたが、志津の駐車場にさえいつたどりつけるかわからなくなっていた。ようやく六十里越街道に飛びだした時にはすでに17時を回っていた。自分の踏跡を追ってきたとはいえ、不安も募っていただけに、無事に下界まで降りたときには、ほっとしたというのが正直な感想だった。途中で足が何度も攣ったりしてどっと疲れが噴き出してきたようだった。暗闇の中、志津温泉までスキーを担いぎながら駐車場に戻った。4台ほどあった車はすでになく、駐車場には私の車が1台残っているだけであった。



暗闇の中、駐車場に戻る


折れてしまったスキーポール
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