勧進代尾根を歩くのは2年ぶりだ。ここはほとんど人が歩かないコースらしく今回も車は一台もなかった。道路の路肩に停めて林道を歩き出すと、20分ほどで本格的な山道へと入って行く。ここは南沢沿いに作られた山道で、しばらく沢音を聞きながらの歩きとなる。途中には古いロープが渡された岩場をへつる箇所もあって要注意区間でもある。上流をめざしながら進み、最後に沢を石伝いに渡って本来の尾根へと乗り移った。
展望のない樹林帯がしばらく続いたが、標高840m地点で長井市の市街地や農村の集落が望める展望の良い場所を通過する。見上げると黄色に色付き始めたブナの葉が眩しい。まもなく傾斜も緩み、爽やかで心地よい秋風に晒されるようになると草岡コースとの合流地点も近い。分岐点付近の標高はおよそ1000mで、葉山山荘まではまだ200mほど登らなければならなかったが、すでに灌木類は鮮やかな紅葉に染まっていて、遅かった秋の到来を一気に取り戻すかのように、山では本格的な秋を迎えていた。勧進代尾根は左からの草岡コースと稜線上で合流し、この分岐点から少し登ると、昭和堰への分岐である。前回はこの昭和堰コースをたどって奥ノ院をめざしたのだが今回は葉山山荘へと直登するコースをとった。
最後の急斜面を登ればそこは1200mほどの高度があって、山頂とほとんど変わりがなくなる。涼しくて乾いた秋の空気が実に爽やかだ。平坦な山道を10数分ほど歩けば白兎コース分岐があり、ほどなく葉山山荘へと到着する。山はいたって静かであり、登山者は一人も見あたらなかった。神社の陰にまわると遠方には大朝日岳が望めた。この付近はかなり紅葉が進んでいるようであった。例年にないようなその鮮やかさにはただうっとりとするばかりで、眺める風景はまさしく天上の楽園のようである。この時期は何処の山を登っても裏切られることがないのがうれしい。しかしそうはいっても変わりやすいのが秋の空なので、展望のあるうちにと取り急ぎ奥ノ院へと向かった。
愛染峠への分岐を過ぎると奥ノ院が近づくにつれて人の話し声が聞こえてくるようになった。それも一人や二人ではなく、大勢の登山者で賑わっているようである。奥ノ院では20名ほどの団体がいて、それは「岳人長井」主催の事業である「葉山民衆登山」の方々であった。その団体は私と入れ違いに下って行き、山頂には私一人だけ取り残される形となった。しかし、誰もいなくなったこの奥ノ院からの展望が独り占めなのだからこれほどうれしいことはない。ザックを下ろせば誰にも気兼ねすることなくのんびりと過ごせるのだ。この時間こそは命の洗濯ともいえる至福の時間であった。
奥ノ院からは雄大な景色が一望だった。正面にはピラミダルな祝瓶山がすっくと聳えていて、柴倉山や合地峰などの三体連山が飯豊町へと長い稜線を伸ばしている。見慣れた光景ではあったが、いくら眺めていても見飽きることはなかった。休憩を終えて奥ノ院を後にすると、愛染峠の分岐からは大朝日岳への縦走路へと折れてゆく。このコースを歩くのは何年ぶりだろうか。あまりに懐かしく、胸がときめくようであった。振り返れば赤や黄色に色付いた山肌が、降り注ぐ陽の光を浴びて輝いている。この辺りでは今が紅葉の最盛期のようであった。まもなく1264m峰直下の高層湿原を通過する。ここは葉山山荘の裏手にある湿原とは少し趣が違い、大きな池塘が魅力的だ。寂れた渋い色合いを見せるオヤマリンドウと、広々とした草紅葉の湿原を眺めながら、私は桃源郷に遊んでいる気分だった。
湿原からひと登りすると三角点のある1264m峰につく。ここは展望がないのが残念だが、周りの木々が眩しいほどの色づきを見せていてすぐには立ち去れないでいた。この1264m峰からは八形峰、中沢峰、大朝日岳へと朝日軍道は続くのだが、いまさら中沢峰へとは向かう気にもなれず、歩いてきた道を引き返す。後ろ髪を引かれる思いだったが今日はあきらめよう。葉山山荘まで戻れば、あとは勧進代の集落に向かってのんびりと下って行くだけであった。山荘付近を過ぎた辺りで先の「葉山民衆登山」の人々に追い付いてしまい、しばらく行動を共にした。勧進代尾根への分岐からは一人だけとなり、再び静かな山歩きが戻った。見上げれば澄んだ青空にうろこ雲が静かに流れていて、秋の深まりを一段と思わずにはいられなかった。