林道からはブドウ沢に沿うように道が続いていた。歩き始めると間もなく杉林になり、しばらくは車道のような広い道を歩いてゆく。オフロード車なら奥まで入ることも出来そうだが、時間的にはそれほど変わらない。右手を見ると奥の方に雁戸山が見える。やがてブナやカラマツの針葉樹林帯となり、見上げると少し色付き始めたカラマツの葉が頭上から覆い被さるようになる。暑い夏は過ぎ去り、柔らかな秋の陽射しが林の中に降り注いでいた。途中で杉林を伐採したばかりのような広々とした区間を通過する。再び入った林道は短く、まもなく細い登山道になると、やがてブドウ沢渡渉点に着く。ここはゴロゴロとした大きな飛び石を渡るところだが、意外と水量が豊富で、春先の雪解時期や降雨直後の増水期には要注意区間かも知れなかった。
次の渡渉点までもブドウ沢沿いの道が続いた、沢音を聞きながらの尾根歩きは気持ちの良いものだった。周囲にはカラマツの木が多くなり、いっそう綺麗な林となる。まもなくすると2つ目の大きな渡渉点で、登山口からここまでは1時間ほどかかっている。ここも飛び石伝いに渡るのだが、対岸からは急坂の始まりとなった。最初は直登だったところも次第にジグザグ道となる。ここはこのコース一番の急坂のように思われた。涼しい気温にもかかわらず、ここでは結構汗を搾り取られた。しかし、暑い夏場ならば熱中症が心配な区間でも、この時期になると肌寒いほどの風が吹いていて、気持ちのよい汗が流れる。標識はないがところどころに「川崎山岳会 ブドウ沢林道」の古い看板が至るところに残っていて、コースに迷う心配はなかった。
まもなく勾配がゆるやかになると道幅も広くなって、遊歩道のような歩きやすい山道となる。枯れた沢を何度か渡りながら緩やかに登って行くようになる。そしてブナ林を眺めながら歩いてゆくと、ほどなく八方平の避難小屋に到着する。ここまでは意外と長かったという印象だった。
八方平避難小屋の裏手が名号峰への蔵王従走路分岐になっていて、正面には大きく稜線を広げた急峻な南雁戸山を望むことができた。縦走路では爽やかな秋風が吹き渡り、ますます快適な稜線歩きとなった。曇り空だった上空にはいつの間にか澄んだ青空が広がっている。途中で蔵王ダムへの分岐点を過ぎ、ひと登りでガレ場を通過する。ここでは大きな岩が点在していて、暖かい日なら岩の上で景色を眺めながら昼寝も出来そうだ。南雁戸山まではまもなくだった。
南雁戸山では5人の登山者が休んでいた。笹谷峠や笹雁新道から登ってきた人達で、話を聞いてみると北雁戸山では多くの団体達で溢れていて、座る場所もないらしかった。予定では北雁戸山への往復も考えていたが、南雁戸山からの眺望でも十分であり、ここで昼食をとるためにザックをおろすことにした。山頂に立つと、眼下には蔵王ダムがあり、北の稜線には北雁戸山が見渡せた。
山頂を後にすると再び一人だけの静かな山が戻った。快適な登山道にもかかわらず、登山者が見あたらないのが不思議だった。八方平避難小屋からも程よくクッションが効き、道幅も広いので躓く心配も皆無である。ここでは「快適」という言葉意外は思いつかないほどで、下りもなかなか味わい深いものがあった。私は久しぶりに山歩きの原点のようなものを、あらためて考えながら登山口へと向かった。