姥沢の駐車場には大型バスが6〜7台ほども駐車中で、マイカーを止める場所を探すにも一苦労しなければならなかった。眺めれば白装束に身を整えた、出羽三山詣での人達で大にぎわいの様子で、これからの混雑を考えるといささかうんざりするほどであった。リフトに乗り込むと姥ケ岳をめざす白装束の人々が列をなしているのが見えた。
リフト終点から姥ケ岳までは30分ほどの登りだ。南斜面にはニッコウキスゲが群落となって咲き競い、深緑の中にあって、その鮮やかな黄色が見事な彩りを見せている。登るほどに日ざしが強くなる一方だったが、反面、展望がぐんぐんと開けてきて見晴らしが良くなってくる。気持ちの良い風が吹き渡り、汗をかいた体にその涼風は心地よい。左手に池塘が点在するようになると山頂はまもなくだ。この月山のような、短時間で登れる高山のありがたさをしみじみと実感する。時間を気にする必要もない、今日のような気さくなハイキングもいいものだなあとあらためて思った。
姥ケ岳の山頂に登り付くと、まず鳥海山が正面に飛びこんできて、振り返れば雄大な朝日連峰が連綿として連なっているのが見えた。今日は雲がほとんど見あたらないので見渡す限りの大パノラマである。久しぶりの山歩きに疲れたのか、カミさんは呼吸が乱れていたのだが、この雄大な景色を眺めながら休憩しているうちに元気を取り戻したようだった。
姥ケ岳山頂の木道をぐるっとひとまわりし、東に進路をかえて金姥へと下りて行く。今日は出羽三山巡りの他に小学生や中学生の団体も多く、山頂までの狭い尾根には延々と登山者が連なっていた。庄内側からは西風が吹き渡り、金姥、紫灯森、牛首と実に気持ちのよい稜線歩きが続いた。登山道の傍らにはハクサンイチゲやヨツバシオガマ、チングルマ、ミヤマアキノキリンソウ、オヤマリンドウ、ミヤマリンドウなどの花々が咲き乱れていた。
鍛冶小屋跡への最後の急坂を登り切ると、そこにはハクサンフウロが数輪だけ咲いていて、その淡い色合いが疲れた気持ちを癒してくれるようだった。ここから月山神社のある山頂は目前だ。姥ケ岳からの稜線もすごい混み具合だったが、月山山頂はさらに多くのハイカー達で大賑わいであった。大勢の登山者や家族連れが至る所に腰を下ろし休憩中で、その間を縫うようにしながら登ってくる団体達と、早くも下りはじめる白装束が大勢行き交っている。私たちも近くの空いている場所をさがし、早速銀マットを敷いて大休止とする。昼食後、カミさんは文庫本をザックから取り出し、私は横になって昼寝を決め込むことにした。そのうちあまりの気持ちよさにうとうととしてしまい、いつのまにか本格的に眠ってしまった。
私は2時間近く眠っていたらしく、カミさんからたたき起こされたときには時間の感覚を一瞬失っていた。山頂の喧噪は相変わらずだった。あまりの気持ちよさに、いつまでもこのままのんびりとしたかったのだが、これ以上寝ていると本当に夕方になってしまいそうで、後ろ髪を引かれるようにしながら、後片づけをしなければならなかった。
下山は登り以上に快適だった。牛首分岐からは沢沿いのコースを行くことにしたのだが、沢を吹き上がってくる風が爽やかで、振り返ると、すでに秋を思わせるような青空が広がっていた。空が高いという表現があるが、今日の青空はどこまでも澄み渡っていた。途中のベンチでは何回かザックを下ろして果物などを食べながら休んだ。今日は一気に下るのがもったいないほどの山日和に恵まれて、私達は幸せだった。芋の子を洗うような混雑振りには閉口するばかりだったが、それを差し引いてもお釣りがきそうなほど、予想外に満たされた一日だった。