大石橋の吊り橋を渡るといつのまにか小沢にかかるルートが新しくなっていた。板が渡してあるのは同じだが、以前より安心して渡渉できるようになっていた。大朝日岳と祝瓶山の分岐点からは急登が始まる。短いのでさほどではないが、痛めた足首を考えると下山が心配なほどの勾配だ。一段高みに登ったところで先行していた登山道整備の人達を追い越して行く。みんなは赤鼻尾根の分岐点で幕営宴会というので、全員が大きなザックを背負っていた。
今日は行けるところまでと考えていた。できれば一ノ塔あたりまでゆければと、意識的にスローペースで登ってゆく。暑くなるだろうという予報に反して、薄雲が広がっていて日ざしがないのがうれしい。風もあるのでこの時期の山登りとしては願ってもない天候であった。
水場を過ぎてひと登りすると前方の高みに聳える一ノ塔が目に飛び込んでくる。今回はいつもと違って、ずいぶんと遠いなあと思わずにはいられない。足首は少し痛みがあるが登る分にはなんとかなりそうだったが、下りのことを考えると、もう引き返そうかと少し逡巡しながらの登りが続いた。左手には大玉山が見えるものの、北大玉山の山頂付近は雲に隠れていた。大朝日岳から西朝日岳の稜線付近は全く見えなかった。
途中、何回休んだことだろう。体が慣れていないのか、すぐに息が上がってしまうのだ。しかし休むたびに水を飲み、行動食を口にすると、再び元気が湧いてくるようだった。急な岩場を登ると突然視界が開けてようやく一ノ塔に着いた。ときどき日ざしはのぞくものの、肌寒いくらいの爽やかな風が吹いていた。あまりの心地よさにここでずっと休んでいたいような気分だったが、もうひと登りで祝瓶山だと思うとやはり山頂をめざすことにした。
ようやく祝瓶山の山頂に立ったのは正午過ぎ。登り初めてから4時間近くかかったことになる。久しぶりに味わう山頂の空気は清々しかった。周囲の山々も皆懐かしかった。平日だけに誰もいなかったが、足を痛めているものにとって、この静かな山の頂は不思議に心が落ち着くものだった。
山頂からの下りは登り以上に気を使わなければならなかった。だいぶ治ったとはいえ、足首を少し捻っただけでまた元の黙阿弥になってしまう恐れがあるので、慎重にストックに体重をかけながら下る。一歩一歩、足元を確認しながらなので時間だけはかかった。途中で登山道整備の人達とまたすれ違ったが、他には誰も登ってくる者はいないようだった。
いつもの倍近くの時間をかけながら平坦地まで降りたときにはさすがにホッとする思いだった。この祝瓶山を登れたことでいつにない安堵感に浸った。この山は私にとってはいわゆるバロメーターのようなものなのだ。これでちょっとした山ならば、時間さえかければ問題なく登れるということがわかっただけでも大収穫だった。今日はつくづく普段の健康のありがたさ、山に登れる幸せを思わないではいられなかった一日であった。