山 行 記 録

【平成19年4月29日(日)/祓川〜鳥海山〜唐獅子避難小屋



鳥海山山頂直下を大トラバースする柴田氏



【日程】平成19年4月29日(日)
【メンバー】西川山岳会7名(柴田、菊池、上野、山中、荒谷、山下、蒲生)
【山行形態】テレマークスキーによる山行、春山装備、北月山荘に幕営、山行は日帰り
【山域】出羽山地
【山名と標高】鳥海山(七高山2,230m)
【地形図】(2.5万)鳥海山、(20万)新庄
【天候】晴れ、強風
【行程と参考コースタイム】
祓川駐車場950〜七ツ釜避難小屋1150〜鳥海山(七高山)1250〜唐獅子避難小屋1350-1450〜祓川駐車場1630
祓川駐車場(車)=新庄R47=立川町=北月山荘(幕営)2000
  
【概要】
 GW二日目の行程は百宅コースを滑る計画である。いわゆる祓川、百宅コースを日帰りでやろうというわけだ。しかし遅れてくるメンバーもいることから、車を百宅口にデポしておいて、登り返しをすることもなく、一気に大縦走をやろうという計画案がまとまった。今日も朝からのんびりムードで準備を開始し、車のデポ班はさっそく百宅コースへと向かった。ところが百宅集落を過ぎて、林道に入ろうとしたところで、積雪のために山へ入って行くことはできなかった。「集落から13km」という標識のある地点からは一歩も進むことができないのだ。ここはまだ田園地帯の広がる百宅集落である。これをみてリーダーは縦走を取りやめにしようと言い張ったのだが、私と山中氏は今日の行程を予定どおり行うことで説得をし、結局リーダーを強引に押し切る形で車を予定どおり2台デポをすることになった。決行するとはいってもこの集落まで降りてくるには山を二つも三つも越さなければならないのだとリーダーは盛んに渋っていたのだが、8km、9kmぐらい歩くのは少しも苦にはならないだろうと説き伏せる。こちらも山屋としての意地があるわけであった。

 祓川に戻ってみると、遅れて来るはずの会員は、結局参加しないことがわかってがっかりする。残念ではあったが、そのかわり新たに加わったメンバーもいて、総勢7名で大縦走の出発となった。時間的にはかなり遅いので、全員がヘッドランプ、それにポチロープ持参となった。

 今日の天候は昨日よりは良くなるだろうという予報に反して、朝から一転して強風が吹き荒れていた。やがて治まるだろうという予想も我々の希望どおりとは運ばず、登るに従って風はますますはげしなっていた。鳥海山の裾野付近でも風は強く、これでは山頂の様相は推して知るべしだった。風の強さはハンパではなく、冷たい風に晒され続けた雪面はカリカリのアイスバーンとなり、表面は少しも融け出すことはなかった。こんな状況を見て、七ツ釜避難小屋からはほとんどのメンバーがスキーアイゼンを装着した。私はスキーアイゼンがないので、比較的登りやすいコースをとりながら山頂をめざしてゆく。

 今日はGW二日目とあって、見上げると蟻の大群が山頂をめざしているような異様な風景が展開していた。すでに何回も訪れている祓川でもあり、GWの混み具合も見慣れてはいたのだが、この日ほどの混雑振りは初めてだった。見上げると数え切れないほどの登山者、スキーヤーが斜面に張り付いていて、まるで蟻の行軍である。今日はどうみても千人単位の人出だろうと思われた。広大な鳥海山もこれではかき分けながら滑って来なくてはならないのではないか、との冗談が飛び出すほどの混み具合だった。

 そこへきて今日の強風とアイスバーンである。八合目の山頂直下からは登るのをあきらめて引き返す人達も続出した。また山頂から坪足で下るのも容易ではないらしく、半分泣きながら降りてくる夫婦連れもいるようだった。坪足の人達はもちろんアイゼンを装着しているのだが、それでも困難なほどの強風と雪面の状態だった。

 ようやく山頂まで到着した私達はとりあえず岩陰に風を避けながら一休みとなる。しかし、吹き飛ばされそうな強風では休憩するという気分ではなく、とりあえず唐獅子避難小屋まで下ることにした。東斜面に回り込むと眼下には唐獅子避難小屋の赤い屋根が小さく見えていた。

 昨日は快適な雪面に歓声をあげながら滑ったこの東斜面も、今日のアイスバーンではそうもゆかない。エッジも立たないほどの雪面に苦労させられてしまい、何回も転倒する始末だった。転倒するだけならまだしも、空中で一回転するメンバーも続出した。斜面の半分まで下ると雪面はようやく柔らかくなり、なんとかターンも可能となる。しかし、それでも苦労して降りてくるメンバーもいるために時間だけがかかった。今日の強風と雪面の悪さのために、時間は予想外にかかった。これをみてリーダーからは予定していた百宅集落までの大縦走は断念することを告げられる。小屋に着く頃にはメンバーの足並みもほとんど揃わなくなっていた。

 唐獅子避難小屋に入ると今日はここで小屋泊りという、宇都宮からきたボーダー達が3人ほど休んでいた。小屋にはストーブもあって快適そのものだった。冷たい強風に晒され続けた体もこのストーブのおかげで生き返るようである。百宅コースが中止となると、こんどは時間がかなり余ることになり、しばらくこの唐獅子避難小屋で休憩時間をとりながらの時間調整となった。

 唐獅子避難小屋からの登り返しは1時間くらいだろうか。東斜面を登り切ると、先ほどまでは数え切れないくらいの今日の登山者達の姿も、すでになかった。時計はすでに4時近い時刻を示している。夕刻も迫るこの時間帯ではほとんどの人達が山頂から滑り降りてしまったようだった。山頂直下、標高2000m地点まで登り返したところで、私達はシールをはずした。ここからは雪面が堅いこともあってスキーがよく走った。祓川コースまでは角度にして90度、回り込む形となり、大トラバースとなる。考えると簡単そうだが、大きな鳥海山の広大な斜面を90度となると距離は想像以上で、前方を突っ走って行く柴田氏の姿はたちまち見えなくなっていった。

 祓川コースからは昨日とは違ったコースで降りて行くことになった。昨日よりもさらに北斜面に回り込むと眼下に見えていた祓川ヒュッテは右手奥に隠れてしまい、左手には稲倉岳が見えてくるようになった。ここから滑り込む人はさすがにいないようで、トレースはひとつも見当たらなかった。途中で一ヶ所だけ10歩ほどのヤブ漕ぎはあったものの、ほとんど登り返すこともなく本来のコースに滑り込むことができたのだから楽しい。まさにバリエーションの究極のようなルートだが、地図もコンパスも使わずに未知のルートを自由気ままにとってゆくときの、リーダーの動物的嗅覚には舌を巻くしかない。山頂からの大滑降もひとつの楽しみだろうが、こういった想定外のコースを滑ることこそ、山スキー本来の楽しみだろうと私は一人で喜んでいた。

 駐車場にもどったところで、この2日間限りで別れるメンバーもいることから一応解散となった。明日の予定は北月山コースである。これから北月山コースの下山地点である北月山荘まで、幕営するための大移動となるのだが、結局、参加するのは柴田、山中、そして私のいつものメンバーだけが残った。そこに宴会部長の菊池氏が宴会にだけ加わる形で、祓川の駐車場を後にした。(三日目へと続く)


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