山 行 記 録

【平成19年3月10日(土)/横岡〜稲倉岳】



山頂からは快適なパウダー斜面



【日程】平成19年3月10日(土)
【メンバー】2名(山中、蒲生)
【山行形態】テレマークスキーによる山行、冬山装備、日帰り
【山域】鳥海山
【山名と標高】稲倉岳1,554 m
【地形図】(2.5万)鳥海山、川辺、小砂川、象潟(20万)新庄、酒田
【天候】曇り時々晴れ
【温泉】山形県吹浦町「あぽん西浜」350円
【行程と参考コースタイム】
林道入口6:30(265m)〜上の山放牧場7:45〜稲倉岳11:30〜休憩12:00-25〜七曲13:10〜横岡集落13:30〜駐車地点13:50

【概要】
 稲倉岳は象潟方面から見ると鳥海山の前衛峰のような存在で、鳥海山を登ったときに御浜小屋から左手すぐそばに聳える山として知っている人も多いだろうと思われる。標高は1554.2mとそうたいしたことはないが、いざこの山を登るとなると夏道は無いに等しいといってよく、残雪期、または積雪期に登られている程度である。しかし、山スキーとなると一躍脚光を浴びている山なのだと、私はかなり以前から聞いていた。登り口の標高が300m前後しかないので、山頂まではかなりの登りを必要とし、遠隔地ということもあって以前から登る機会を伺っていた山であった。この稲倉岳は七高山から続く外輪山の一部分とされているらしいのだが、現在は浸食が進んで東側、西側とも垂直に近いような深い谷となっていて、南側も扇子森と蟻ノ戸渡でかろうじてつながっている程度だが、北面には大斜面が広がっている。

 今回は山岳会の友人山中さんに誘われ、早朝に自宅を出発して、一路、象潟町へと向かった。アプローチは鳥海ブルーラインの途中から横岡集落に入り、七曲への林道終点から登るつもりでいたところ、山中さんから無線が入り、山をひとつ挟んだ一本東側で待っているというので、集落からほど近い農道の一角で合流した。予定していた地点とは違ったが、上の山放牧場に上がればどちらでもかまわないだろうと、そこを基点に登り始めることにした。

 登り口の標高は265m。山頂までは1300mほども登らなければならない上に、この集落付近から歩かなければならないとなると、距離は相当あるようだった。数日前まではほとんど雪がなくなっていたと思われるところも、昨夜からの降雪のおかげで、林道にはうっすらと積雪があり、最初からシールで歩けるのがせめてもの救いだった。まもなくすると、その林道の積雪もところどころで途切れはじめてくる。そして両側からは潅木が塞いでいる箇所も多く、通過にはしばらく難儀しなければならなかった。

 ようやく上の山放牧場に出ると、そこからは光景が一変する。このころには日差しも出てきていて、木立がひとつもない広大な雪原歩きは、快適なスノーハイキングという気分になっていた。放牧場からは本来のコースである西尾根が見えており、そこに出るまでは少しだけヤブ気味のような斜面を抜けてゆく。そして、急坂を乗り越え尾根に上がると、美しいブナの疎林帯となった。登るに従って徐々に高度が上がってゆき、振り返ると日本海や象潟の街並みまでが見えるようになる。そして緩斜面のバージンスノーがずっと先まで続いているのをみると、苦労して登ってきたことがここにきてようやく報われるようだった。

 しかし、快適な深雪のラッセルとはいえ、私は寝不足と体力不足のために早くもばててしまい、今日はセカンドでもトップを行く山中さんになかなか追いつけないような有様である。ラッセルの大半を山中さんに任せなければならないというのが何とも情けないばかりであった。標高が1000mを超えるといよいよ木立はなくなってゆき、一方では風も強くなってゆく。前方に台地状の急坂が見えてくる頃には激しい西風に体が煽られそうになるほどだった。

 高度が1200mを超えると大きな斜面が圧倒的な迫力で目前に迫るようになる。ここからは斜度こそたいしたことはないものの、すでにブリザード状態となっていて、途中から目出帽を装着した。私にとっては今シーズン初めての目出帽である。普段は少々の吹雪でもめったな事では目出帽を出すことはないのだが、今日の風はいつもとは違った。素肌は今にも凍傷になるほどの厳しい風であった。そして雪面はアイスバーンとなって、シールがほとんど効かなくなっていた。そんな様子をみて山中さんは早々とクトーを装着していたが、こちらはシール登高が徐々につらくなる一方になる。これで斜度が少しでもきつかったら、確実にアイゼンとピッケルが必要な雪面だったようである。

 山中さんはクトーにものをいわせて斜面を直登して行く。私はアイスバーンを避けて少しでも圧雪バーンを選びながら遠巻きに山頂をめざしてゆく。それにしてもクトーの威力には感心するばかりだ。わたしと山中さんの距離はたちまち開いて行き、すでに500m以上も離れていた。日差しはあってなきがごとくの天候で、相変わらずものすごい風だった。風の当たっている側のパンツやアウターには氷がびっしりと付着していて、まるでエビのシッポが体の片側に形成しつつあるようだった。

 やがてなだらかになると右手には奈曽の渓谷が現れる。奈曽渓谷は前方がすっぱりと切れ落ちていて、そこから先へは進むのを躊躇うような景観がガスの中から現れてくる。ガスは次々と湧き上がり、一方ではその雲間から次々と迫力ある景色が現れるので、固唾を呑んで見守っているといった状態だった。左手にはもう山頂付近の石積みが見えている。山中さんの姿は見えなかったが、たぶん早々と山頂に到着して岩陰ででも休んでいるのだろうと思った。私は周囲に展開する素晴らしい眺望に感動しながら右手を回り込んで行く。奈曽渓谷の対岸には扇子森や御浜小屋などがあるはずだったが、ガスに覆われていてよくわからない。もう山頂も同然であり、まもなくすると左手遠方に山中さんの姿が小さく見えた。そうこうしているうち、急に目の前のガスが晴れだして、忽然として鳥海山が姿を現した。この光景はまさしく感動の一瞬だった。そして目前に見えてきた迫力ある蟻ノ戸渡の景観には思わず息を呑んだ。

 まさしく千載一遇的な瞬間に私達は遭遇してるようだった。ブリザードは止まなかったが、そんなことはもうどうでもよかった。素晴らしい展望にただただ呆然と眺めているばかりで、難儀して登ってきた苦労が今報われているのだと思った。這ってでも山頂は踏まなければと、気力だけで登ってきたその報酬を今受け取っているような気分だった。

 ガスの中から現れた鳥海山をバックに写真を撮っていると、瞬く間にガスが吹き上がってきてしまい、たちまちのうちに今までの視界が目の前から失われてゆく、見渡していた展望が一瞬にしてホワイトアウトになってしまったのだ。鳥海山はまさしく私達二人だけのためだけに、一瞬だけ現れてくれたかのように、それ以降、姿を見せることはなかった。

 視界がなくなってしまうと急に風の激しさが甦ってくるようだった。一刻も山頂の強風下に立っているのは躊躇われた。私達は急いでシールを剥がして滑走の準備にとりかかった。シールをはずすこの時はどんなに疲れていても解放される思いがする。これでもう下界に下れるという安心感が全身にみなぎってくる瞬間でもあった。

 すでに右も左もわからないほどの白い闇の中だったが、しばらくGPSを頼りに恐る恐る下りてゆく。視界が全くない中では、はたして自分は滑っているのか、それとも止まっているのかさえもわからなくなる。目眩と錯覚にしばらく当惑しなければならなかった。自分の歩いてきた軌跡を忠実にたどりながらお互いに着かず離れずの状態で高度を下げて行くと徐々に視界が戻ってくる。そこからはようやく自由な滑降が可能となり、それぞれ思い思いにターン孤を描きながら滑走していった。適度な圧雪バーンの急斜面は、数年前に滑った岩手山の一枚バーンを思い出すようだった。圧雪バーンが終わるとすぐに深雪斜面となり、しばらく感激のパウダーランが続いた。標高1100m付近まで下ると、山頂でのブリザードがまるでウソのような無風地帯となり、私達はそこでようやく大休止とした。北斜面のど真ん中というのにそこは不思議と風がなかった。フカフカとした雪面は、高級な布団の上で休んでいる気分にもなるほどだった。

 休憩地点からしばらく下ると、途中で七曲から登ってきたという地元の人に出会った。私達はこの人から七曲付近の状況や、林道に出てから集落までの所要時間などを確認し、下りはこの七曲ルートで下ることにした。積雪や斜面の状態も往路よりもずっと良さそうであった。しかし、すでに午後も1時近い時間であり、この地元人は山頂までゆくには無理な時間だろうと思った。どうやら偵察か途中の滑りだけを楽しみに登ってきたようであった。

 深雪の適度な斜面は快適の一言で、何もいうことはなかった。今日のつらい登りはこのためにこそあったのだという感激でいっぱいだった。大斜面が終わるとしばらく登山道のようなところを滑ってゆき、七曲はときどきショートカットしながら高度を下げて行く。林道に出てもスキーはよく走った。往路のヤブこぎから比べればはるかに快適な下りである。雪質は湿雪となっていてスキーは走らなくなっていたが、それでも集落の近くまでは雪を拾いながら滑ってゆくことができそうだった。

 まもなくすると駐車地点だった。そこには秋田ナンバーの車が1台、そしてその少し先でも地元のナンバーが1台駐車中だった。そこからはほどなくスキー滑走は終了となりスキーは担いだ。林道をわずかに歩いてゆくと横岡の集落を通過し、田圃の畦道をたどりながら私達は駐車地点へと戻った。畦道の堅い地面からは多くのフキノトウが若芽を見せ始めていて、その姿は疲れていた私を励ましてくれているようだった。


上の山放牧場を歩く


バージンスノーが広がる


山頂まで残りの標高差400mの地点


ガスが晴れて鳥海山が姿を現わす


迫力の蟻ノ戸渡


鳥海山をバックに(この後ガスにつつまれる)


今回の参考MAP


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