今日の予定は湯殿山だったが、稜線の天候は想像以上の風雪ということも考えてあっさりと中止となる。こんな時にはブナ林が一番安全だろうと、志津温泉から姥沢へのお気軽ツアーと変更が決定する。天候が回復すれば姥ガ岳までとするものの、午後から晴れるという予報も山では当てにならないので、あくまでゆけるところまでという行程である。まもなく30分ほど遅れて上野氏が到着し、全員揃ったところで志津温泉に向かった。
こんな悪天候にもかかわらず、志津温泉の除雪終了地点にはすでに車は満杯状態だった。山形ナンバーはもちろんのこと、福島、宮城、荘内に加えて札幌ナンバーまであり、この混雑振りには驚くばかりだった。厳冬期の月山ということがちょっと信じられないくらいである。ほとんどの人達は早くも出発した後で私たちの他に人の姿はなかった。
コース上には深いトレースがあり、おかげでラッセルに苦労することもなく歩きだすこができた。しかし、顔も上げていられないほどの風雪はいっこうに治まる気配はなかった。ブナ林にはいって幾分、風は柔らかくなったものの、先行者のラッセル跡には早くも新雪が積もり始めていて、ふたたびラッセルのやり直しを行っているようなものであった。
ネイチャーセンターを迂回しながら姥沢へのブナ林を登っていると、私たちは先を行く団体一行に追いついた。先客は全部で10名ほどもいるだろうか。その人数に驚いていると、今度はその先にも同じくらいの人数のパーティが列をなして登っているのを見つけてしまい、この光景にはさすがにあきれてしまった。今日の月山はまさしく大賑わいである。みんな今年の積雪が少ないために、この豪雪の月山がにわかに脚光を浴びたようである。ほとんど山スキーやテレマークスキーが中心だが、中にはスノーシューで登っているものや、スキーをザックに担いでいる人もいた。
石跳沢から大きく離れて行くとまもなく姥沢の稜線らしき付近がうっすらと見えてくる。天候は良くなるどころかますます悪化の兆しがみえている。駐車場がまもなくという地点まで登ると、ガイドを伴った団体達がブナ林で大休止をとっているところだった。ブリザードが治まらない今日の天候では、この団体達の行動もここまでなのかも知れなかった。私達はラッセルを交代しながらも、ようやく最後の斜面を登りきって姥沢に到着した。姥沢の駐車場はほとんど視界がないほどのブリザードが吹き荒れていた。荒れ狂っているというほうが正確な表現だろうか。なんとか建物の陰に逃げ込まなければと、ホワイトアウトの中、体をかがめながら進んでゆくが、その二階建てのロッジも屋根の頭を出しているだけで、ほとんど雪に埋もれており、とても避難場所にはなりそうもなかった。これでは姥ケ岳をめざすわけにもゆかず、ここからはシールを剥がしていったん下ることにした。
駐車場からはほぼ等高線に沿って姥ケ岳の西斜面に向かってゆくと、途中で宮城のsakano氏一行と出会った。sakano氏は札幌ナンバーの車の持ち主と一緒のようであった。sakano氏は少々の悪天候などひとつも苦にしないほどの、体力、技術ともに第一級のベテランなのだが、そのsakano氏でさえもこの姥沢から引き返すというのだから、今日の天候の悪さが窺い知れようというものである。
姥沢駐車場から回り込んだ地点からはブナの疎林帯の快適な斜面が広がっている。しかし、ここのブナ林も姥ケ岳の一角とあって、幾分風は和らいだものの、風雪の激しさはそれほど変わりがなかった。視界が効くだけましというべきか、滑降するには支障はないので、ここの斜面を一気に楽しみながら下った。激パウダーとはこんな深雪をいうのだろう。ブナの木が適度にある斜面はテレマークスキーにとっても心地よいばかりであった。高度が下がると極端に風が弱くなり、適当な平坦地があらわれたところでツェルトを張ることにした。
周りはブリザードでもツェルトの中は天国だった。熱い飲み物やカップラーメンを腹に入れると冷えた体も徐々に温まった。悪天候でもこんな楽しみがあるのだから山はなかなかやめられない。しかし、激しい風雪はツェルトも吹き飛ばされそうなほどで、休んでいる間にも次々とツェルトの内部に雪が吹き込んでくる。温まった体も少しずつ冷え始めてきてしまい、誰からともなく早く温泉に入ろうかという一声がかかると、みんな一斉に後かたづけとなった。
そこからはトラバース気味にネイチャーセンターに向かって降りて行ったが、斜度がほとんどなくなってしまうと今日の深雪では下りもラッセルであった。幸い途中で往路のトレースに出会ってからはその踏跡に沿って下ることができて、迷うこともなくネイチャーセンターに戻った。
駐車場に戻ると、朝方よりも地吹雪は激しくなっていて自分の車も見分けさえつかなくなっていた。車のドアを開けると猛烈な風雪が舞い込んで、車内は一瞬にして雪まみれになった。雪だらけとなったザックや帽子、手袋などを手短に車に放り投げて、私達は大井沢の温泉へと急いで向かうことにした。