白太郎山には昨年、同じ時期に登っていて、私はとても感激をした山なのだが、約束をしてから重大なミスに気付いた。私は何十年ぶりという昨年の大雪のことをすっかり忘れていたのである。取り付き地点である小国町徳網に到着すると、やはり積雪の少なさに愕然とする。見上げると細い木々がまだほとんど埋まっておらず、昨年とは比較にもならない。ヤブをかき分けて登って行かなければならないようでもあり、背後に聳える徳網山にも僅かしか雪が張り付いていなかった。しかし、雪さえあればなんとかなるだろうと、不安感を抱きながらも決行することになった。
五味沢地区に入ると濃霧が嘘のように晴れて、辺りには春のような強い日差しが朝から降り注いでいた。今日は予想よりも気温がかなり高くなりそうな兆候をみせている。準備をしていると近くに住む小国山岳会の関氏が自宅からでてこられたので、山の状況を聞いてみる。すると年末に降雪が一度あっただけでその後はさっぱりなのだというから、やはり今日は相当のヤブ漕ぎを覚悟しなければならないようであった。
登り始めは急斜面に取り付くことから始まる。さっそくここの登りで難儀をさせられることになり、細い枝をかき分けたり、その枝をつかんだりしながら必死に登らなければならなかった。杉林を過ぎると明瞭な尾根歩きとなったが雪の少なさには変わりがなかった。昨年と比べると別世界のような景観を見て、私は徐々に気持ちが滅入っていった。幸いに雪が少ないだけにスキーも10センチ程度しか沈まず、今日はラッセルの苦労がないのがせめてもの慰めのようだった。
ミズナラやブナの混じる樹林帯も昨年は細い木々などはすべて雪に埋まり、気持ちの良い疎林帯になっていたのだが、今年はその面影すらなかった。他に登っている人もなく、付近には兎の踏跡があるだけである。雪原には物音ひとつ聞こえず森閑としていた。背中からは汗が流れ始めたためにアウターを途中で脱いだ。
ラッセルの苦労がないぶんだけどんどんと距離だけは稼げた。途中の地形図にある766m峰を卷いて行くと高度差は残り300mほどで、白太郎山から派生する東の尾根を右手に見ながらの気持ちの良い登りとなる。見上げれば澄んだ冬の青空が広がり、振り返ると飯豊連峰が白く輝いていた。トップは交代しながらの登りだったが、山中さんが先頭になると、昨日までの鳥海山の疲れなどはどこにも感じさせず、私はたちまち後方に置いて行かれてしまった。しかし、汗をかきながらのシール登高は心地良いばかりである。めざす白太郎山の山頂まではまもなくだった。
白太郎山の山頂に登り着いた途端、西朝日岳から大朝日岳、平岩山の峰峰が飛び込んでくる。そしてすぐ目前には冠雪した祝瓶山が大きな迫力を見せながら聳え立っていた。昨年も天候には恵まれたのだが、朝日連峰や祝瓶山の山頂付近には雲がかかっていて、これほどの展望はなかったのだ。この信じられないような光景を前にして、登りの疲れはたちまち吹き飛んでしまうようだった。心ゆくまでお互いに写真を何枚も撮り、そして休憩にはいる。時間はたっぷりとあるのだ。登りでは風の冷たさが少しずつ増していたのだが、山頂は不思議に無風だった。ツェルトも張る必要がないので、スキーを椅子代わりにして休むことにした。
暖冬とはいえ、さすがに山頂の積雪は豊富だった。スキーを脱ぐと膝上まで埋まった。こんな積雪が下まであれば山スキーにとっては天国なのだろうが、今日の滑りはほとんど期待できないのがわかっている。案の定、山頂から少し下っただけで、斜滑降、横滑り、キックターン、カニ歩きと、快適な滑りとはおよそ正反対の行動がずっと続いた。登りのルートはヤブの多さがわかっていただけに、別のルートならばと今回は北側の尾根を下ってみることにした。これがまた大ハズレだった。密林のようなヤブはほとんど変わらず、今度はヤブに加え、行く先々で小さな沢に進路を阻まれる始末だった。いわゆる地形図には現れない小さな沢が次々と現れるのだった。少しの雪を拾いながら沢を渡ってルートをつなぎ、ちょっとした沢はジャンプして対岸に飛んだりしたものの、最後はスキーを担いで沢を横断しなければならなかった。
アドベンチャーのような山スキーはしばらく続き、杉林の中は坪足で歩いた。そして林道らしきものをみつけると、そこでようやく最後の滑走を試みたものの、たちまち民家と県道が現れてジエンドとなる。下りに要した時間はおよそ2時間。昨年はのんびりと滑降しても1時間足らずだったことを考えると、歩いて下っても変わりがなかったような気がした。結局、今日のヤブ漕ぎと悪戦苦闘のご褒美は、山頂における最高の天候と最高の展望だけだったようである。私はこんな1月の山行もたまにはあるのだと思うことにして、次回のリベンジを二人して誓いながら白太郎山を後にした。
徳網山 |
尾根を登る |
山頂までもう小一時間 |
山頂が目前 |
祝瓶山をバックに |
大朝日岳をバックに |
祝瓶山 |
休憩を終えて |