最初は登山口がわからず、いつのまにか県道終点の「みやぎ蔵王えぼしスキー場」に着いてしまった。スキー場ではこれからゴンドラが動くらしく、大勢の登山者が登る準備をしている様子だった。ゴンドラを使えば後烏帽子岳には短時間で登れそうだったが、そうすると前烏帽子岳には登れなくなるので、今回は小阿寺沢口から登る計画を立てている。この小阿寺沢口からは片道の距離が5kmほどあって、登りの標高差は約1060m。少しでも長い区間を歩きたい気持ちがあり、紅葉を楽しむためには程良いコースのような気がした。スキー場からでは静かな山歩きとはほど遠い感じがするので登る気にはなれなかった。
小阿寺沢の登山口はスキー場から少し戻った地点にあって、すぐ近くには広い駐車場が整備されていた。よくよく眺めてみると、後烏帽子岳への登山標識が道路脇にあるのだが、まるで保護色のように周りの景色に同化していて、見逃してしまったようである。駐車場には2台の車が止まっていたが、山菜採りが目的なのか登山者の車なのかはちょっとわからなかった。小阿寺沢に沿って登山道を進んでゆくと、まもなく沢の渡渉点に着く。この小阿寺沢には清流が流れていて、今が盛りを見せている紅葉に包まれた静かな渓谷が美しい。こんなに風光明媚な登山口にもかかわらず人がいないのが少し不思議だった。渇水期の今でも豊富な水量があるところをみると、降雨直後の増水時には渡れなくなりそうにも見えた。
ここから飛び石伝いに対岸の尾根に上がるとブナやミズナラなどの雑木林を登るようになる。沢音が遠ざかると勾配が徐々に増して行く。枯れ葉が降り積もった山道はクッションがあって歩きやすく、林間には落ち葉を踏む乾いた音が心地よく響いていた。紅葉は登山口付近が盛りで、登るに従って徐々に薄れて行く感じだった。しばらくブナの明るい林が続き、まもなくするとナラの巨木がめだつようになった。ミズナラを見ると取り残しのマイタケなどがないだろうかと、ときどき寄り道をしてみるものの、キノコなどはまったく見あたらない。大きな岩がゴロゴロする区間はちょっと道がわかりにくいところだった。まもなくすると見晴台の看板がぶら下がった地点を通過する。ここから振り返ると以前に登ったことのある蛤山が樹林の間に見え隠れしていた。見晴台を過ぎると葉はすべて落ち尽くしてしまい、まるで白骨化したような太いダケカンバだけが目立つようになり、一帯にはほとんど紅葉は見られなくなる。その光景はすでに晩秋を思わせるようでもあり、この蔵王連峰ではすでに雪を待つだけのようであった。
地図にはなかったものの、途中でスキー場への分岐点があり、そこからは大きく右手に回り込むと前烏帽子岳だった。山頂は左の小道に少し進んだところだった。大きな岩の上からは南蔵王連峰が一望に見渡すことができた。後烏帽子岳は右手奥に聳えていたが、ここからでも十分なほどの展望が楽しめる山頂だった。前烏帽子岳からはいったん鞍部まで下って登り返すと後烏帽子岳に到着した。山頂の少し手前に烏帽子スキー場へと通じている分岐点があって、ゴンドラを使った人達はここから登ってくるようだった。
山頂では二人の夫婦連れがいたが、私が到着すると入れ違いに下っていった。ここには山頂を示す木の標柱が立っていて、前烏帽子岳以上の展望が広がっていた。目の前には秋山沢の深い谷があり、大きな屏風岳がその名のとおり、屏風のように正面に立ちはだかっているという感じだ。眼下にはろうづめ平からうねうねとした登山道が屏風岳へと続いているのが見えた。初めてみる素晴らしい光景に圧倒されるようだった。
間もなくすると徐々に登山者が増え始め、聖山平から登ってきたという若い二人連れが登ってきて、そのうち20人もの団体が一気に押し寄せてきたため、山頂はたちまち喧噪状態になる。みんな烏帽子スキー場のゴンドラを使って登ってきた人達だった。団体達は前烏帽子岳経由で下山をする予定で、登山口にはマイクロバスをまわしてもらっているらしかった。後烏帽子岳の山頂からは赤茶けた刈田岳が右手奥に見える。その斜面にはエコーラインがジグザグに切られていて、その姿は素肌を切り刻まれた光景にも見えて、どことなく痛ましい感じがした。山頂は冷たい風が吹いていたが、腰を下ろすと幾分和らいで過ごしやすくなり、私はここで昼食を広げることにした。
後烏帽子岳の山頂では一時間近くものんびりと休憩や展望を楽しんだ。団体達は正午ちょうどに下り始めるらしく、リーダーが大声でみんなに声掛けしている。私はそれを聞いて団体達からは一足早く下ることにして後かたづけを始めた。山頂を後にすると、午前中の冷たい風は嘘のように治まり、下りではほとんど無風状態となった。雲海がすでに広がっており、前烏帽子岳が白い雲の上に浮かんでいる。澄み切った秋空とこの輝くような雲海の取り合わせは、紅葉以上に息を呑むような美しさだった。雑木林には落ち葉を踏む音と鈴の音だけが響きわたった。やがて沢音が大きくなると登山口はまもなくのようだった。
結局、今日このコースを往復したのは私一人だけだったようである。私はまだ風邪が完全には治ってはいなかったが、どうにか歩けたことで静かな満足感に浸っていた。秋晴れの中、紅葉を楽しめるのはもう幾日も無いかも知れない。そう思うと今日は貴重な一日だったような気がした。私は渡渉地点で汗を拭き、一路、駐車場へ向かった。
紅葉の登山口 |
小阿寺沢の渡渉点 |
明るい林間の道 |
前烏帽子から仰ぐ後烏帽子岳 |
後烏帽子岳から遠く刈田岳を望む |
前烏帽子岳が雲海に包まれる |