下界は目の覚めるような青空が広がっていたが、エコーラインを登るに従って晴れていた空も次第に濃霧に覆われてくる。登山リフトのある大駐車場付近までくると、ほとんど視界がなくなってしまい、宮城県側から降りてくる車はみんなヘッドライトを点灯しながらすれ違っていった。
そんな天候だったのだが、刈田峠を過ぎるとまるで別世界に入ったかのように霧は晴れてゆく。山形側の濃霧がまるで嘘だったかのように、宮城県は秋晴れの好天に包まれていた。ただ台風の影響がまだ残っているのか、車内までうなり声が聞こえるほどの強風が吹き荒れている。大勢の観光客も刈田岳に登るのを躊躇っている様子で、駐車場で上空を見上げながら空模様を伺っている人達も多くいるようだった。
私の体調はなんとか山頂まで往復できそうなほどに持ち直していた。ザックに果物などの食糧をどっさりと詰めて登山道を登り始めると、まもなく私達は吹き飛ばされそうなほどの、沢から吹き上がってくる風に煽られはじめる。風速はさながら15、6mもあるのだろうか。妻は風に倒されまいと、終始私の風下に身を隠しながら登っていた。その強風も途中からは潅木に遮られるので幾分穏やかになる。すると思い出したように、秋の柔らかい日差しが頭上から降り注いだ。
天候がよいだけに、山頂はすぐ手が届きそうなほどの近さに聳えているのに、今日はなかなかたどりつけないもどかしさにイライラした。強風に倒されまいとするほど、徐々に体力が失われて行くのを感じた。私の体調はまだまだ本調子ではないようだった。ウインドブレーカーなどの装備もない一般観光客は、風の冷たさにかなり震えているようにも見えた。
刈田岳の山頂へは50分で到着した。お釜周辺はハイラインからマイカーで上がってきた人達や、登山リフトを利用してきた大勢の観光客でごったがえしている。ここはいつきても観光客が多いので、ザックを背負った登山者の方がかえって肩身の狭い思いをしなければならないという、まったく逆転現象を感じるような山である。それほど俗化してしまったともいえる刈田岳だが、体調が優れない私にとって、今日はそれなりに満足感を感じていた。強風に煽られているとしばらくは体調の悪さを忘れているような感じだったようである。
予定では山頂での食事を楽しみにしていたのだが、あまりの風の冷たさに、妻はとてもそんな気分にはなれないらしく、食事はいいから登山口へすぐに下りたいと言う。神社に参拝を済ませた私達は、折り返すように下山にとりかかることにした。避難小屋を過ぎると、先ほどまでの日差しはすでになく、周囲にはいつのまにか濃い霧が忍び寄っていた。天候は思ったほどには快復するわけではなく、どうも下り坂のようであった。
下っていると、本格的な格好をした登山者がすたすたと私達を追い越して行く。賽ノ碩から周回してきたという登山者だったが、紅葉は樹林帯の多い稜線付近までが盛りだったと教えてくれた。刈田岳や熊野岳周辺は岩肌がむき出しになっている箇所が多く、紅葉の対象とするには少し寂しい山のようである。それでも登山道脇の潅木類はすでに色付き始めており、特にカエデ類の赤色が鮮やかで印象的だった。この蔵王連峰もこの2、3日で本格的な紅葉を迎えるようだった。
私達は登りと同じ時間をかけて大黒天の駐車場に戻った。私は強い風に晒され続けたせいで、下山してまもなく熱がでてしまい、自宅への運転は再び妻に頼まなければならなかった。