山 行 記 録

【平成18年6月18日(日)/黒伏山神社〜龍王洞〜沢渡黒伏



沢渡黒伏山頂


【メンバー】単独
【山行形態】夏山装備、日帰り
【山域】船形連峰
【山名と標高】沢渡黒伏(さわたりくろぶし) 1235m
【地形図 1/25000】 船形山
【天候】曇り
【行程と参考コースタイム】
駐車場(鳥居)10:10(735m)〜黒伏山神社10:20〜龍王洞10:53-11:00〜沢渡黒伏12:00-12:10〜龍王洞12:50〜黒伏山神社〜駐車場(鳥居)13:20
  
【概要】
 沢渡黒伏は「さわたりくろぶし」と読む。この山は最近になって発行された「新・分県登山ガイド 山形県の山」(山と渓谷社、2005年7月25日発行)で"黒伏山の北にそびえる妖しき秘峰"として紹介され、またその直後に地元紙である山形新聞夕刊にも載ったものである。この山については残念ながら登山道がなく、また急峻な岩場もあって容易には登ることができない山として噂では聞いたことがあったが、ガイドブックと新聞記事にも紹介されたのを知って、すぐにでも登ろうと考えていた。そして昨年の9月のある日、登山口に向かったのだが、その時は土砂崩れのために林道が通れず、がっかりしながらその日は別の山に変更していた。今日は薄曇りの天候が気にかかるものの、特に林道の通過には問題もなさそうなので、以前から気になっていたこの秘峰ともいわれる沢渡黒伏を登ってみることにした。

 黒伏山には4年前に福禄山や白森山といった周辺の山と一緒に登っていた。ところがその黒伏山は正式の山名を「観音寺黒伏」といい、その北隣に聳えるこの沢渡黒伏こそ黒伏山の本家であるという。また登山口にはりっぱな鳥居があって、少し先には黒伏山神社もあるというのだから今更ながら驚くばかりである。この沢渡黒伏を登らずして黒伏山に登ったとはいえないだろうと、山ヤとしての胸の奥が騒いだ。多くの険しい岩山がそうであるように、この沢渡黒伏も昔は修験者の聖地だったとのことで、途中には「龍王洞」と呼ばれる謎の洞穴があり、その奥には御神体を祀る祠もあるというのだから興味が尽きない。記事では山のベテランでもある新聞記者が、このガイドブックの解説者である高橋金雄氏に案内を依頼してのガイド山行だったらしいのだが、それでも途中で20mも滑落するなど、急峻な岩場や斜面の連続とあって、読んでいるだけでも緊張してくるようだった。またヤブ漕ぎもあって上級者の案内が必要なほど、道もわかりにくいとある。こんな記事を読めば単独での行動にはいささか不安だったものの、一方では俄然登高意欲が湧いてくるのも事実だった。

 東根市泉郷地区から遠尊沢林道に入ると5kmほどで赤い鳥居のある登山口に着く。林道は砂利道の細い道だがそれほどの悪路ではなかった。ここには2〜3台ほど留められる駐車スペースがあり、そこには宮城ナンバーの車が1台あったが、とっくに登り始めたらしく、周囲は森閑としていて、山奥には場違いな感じのする鳥居が立っているだけだった。

 鳥居をくぐると見上げるような太い杉の木立の中を登って行く。杉林の中は薄暗く、そこはまさしく参道といった、一種独特の荘厳とした雰囲気が漂っていた。10分ほど歩くと、廃校となった分校のような黒伏山神社に着く。ここには取り残しのような蕨が結構残っていて、しばらく神社の周りで山菜採りを楽しんだ。

 今日はうかつにもガイドブックを忘れてきてしまい、持ってきた新聞記事だけが頼りだった。そのためこの神社からの道さえ最初はわからなかった。ようやく踏跡らしきものを神社の左手に確認すると、枯沢のようなところを登り、途中からは尾根らしき所に上がった。まもなくすると登山道は急斜面となって鎖場が現れ、そこからはほとんど垂直に近いような怒濤の急斜面が連続した。とても登山道とは呼べるものではなかったが、両手両足を踏ん張りながらぐいぐいと登って行く。汗が止めどなく流れて、辺り一帯にほとばしった。

 必死に両手を使って登っていると、ホーイ、ホーイといった掛け声やそれに呼応するかのような人の声が右手の沢の方から聞こえていた。たぶん宮城ナンバーの人たちだろうと思ったのだが、登山道を通らずにいるところをみると沢登りの人達なのかもしれないと思った。鎖場が終わるとちょうどザック1個がやっと置ける程度のスペースがある、岩場のテラスのような場所に着いた。ここには錆びてしまった丸い刀剣のようなものがあり、すぐそばには洞穴への入口がある。ここが例の謎の洞窟「龍王洞」かと思ってちょいと覗いてみる。入口はちょうど大人一人がやっと通れるほどの隙間があって、短い鎖が下に伸びていた。私はザックをテラスに置いてカメラだけを持ち、ヘッドランプをつけて早速龍王洞の探検に出かけてみることにした。

 入口が狭いので初めは後ろ向きに入ってゆく。洞窟の中はひんやりとした涼しさに汗をかいた体が一気に冷えてゆくようだった。そのためだろうが下から冷気のような白い水蒸気が立ち上がっていて視界が悪く、かなり緊張するところだった。縦に長い岩壁は湿気のため全体が濡れていて、下手をすると滑ってしまいそうで、三点確保を確実にしながら降りてゆく。岩溝の下の方は水蒸気でよく見えなかったが、それだけに地底まで続いているような不気味さがある。手先、足元を照らしながら慎重に進んで行くと、ガイドブックにもあるとおり、ちょうど30mほどで奥に突き当たり、ヘッドランプを正面に向けると、霧の中にうっすらとご神体と祠が浮かび上がった。その祠から先にもゆけるとのことだったが、その奥は黄泉の世界だともいわれているらしく、とても進む気にはなれない。私は写真だけ撮ってここからは早々に引き返すことにした。ここは蝙蝠の巣だとも書かれていたが、今日はその洞窟の主もいないようだった。知らず知らずのうちにかなり下っていたらしく、帰りは岩登りの要領で登ってゆく。真っ暗な闇の先に入口のほのかな光が見えたときにはさすがにホッとするようであった。

 一息をいれたところで登りを再開すると、岩場を左手に巻きながら大岩の下に出た。ここからは展望も少しあって東根市内の一角が見えたものの、それはわずかで周囲はほとんど濃い霧に覆われていた。眺望がないのは残念だったが、暑くない分だけ私はそれほどがっかりした気分ではなかった。この大岩を乗り越えてゆくのかと思ったら、左手を示す赤ペンキの矢印が岩肌にあり、潅木をかき分けると急坂が下へと続いている。そして再び急斜面を登り返すと尾根にでて、再度、第二の大岩が正面に現れた。すでに辺り一帯には霧が濃く、視界はほとんどなくなっていた。また灌木が生い茂っていて踏跡がよくわからない。灌木をかき分けながら大岩の手前の両側を手探りで探すとようやく右下に続く踏跡を見つけた。そこからはトラバース道となって、ところどころの赤いペンキ印を追うようにして先を急いだ。やがて鎖場を思い出すような急坂が続くようになり、そこは手がかり、足がかりが何もないので、木の枝や根っこを必死につかみながら攀じ登ってゆく。岩壁を避けながらうまくルートが切られているものだと、大昔の人には感心するばかりであった。

 ようやく山頂が近づくと踏跡がわからなくなったが、最後は強引にヤブをかきわけながら灌木帯を抜けて山頂へ飛び出した。ここまでは汗の臭いに誘われた多くのブヨに悩まされていたが、山頂では濃い霧とともに冷たい風が吹いていて、ようやくブヨの大群から逃れることができた。山頂には不思議にも誰もいなかった。宮城ナンバーの人たちはもう下ってしまったものだとこの時は思っていた。

 山頂には鳥居から1時間50分ほどかかっていた。龍王洞の往復も入れてのこの所要時間は予想していたよりも短かったが、単独なので休みもあまりとらなかったせいもあるのかもしれなかった。山頂からは、先週の番城山と同様に視界はほとんどなく、展望の楽しみがないのは残念だったが、久々に難所を乗り切ってきた達成感は格別のものがあった。好天ならば白森山から観音寺黒伏の山並みや柴倉山や船形山などが見渡せるはずだったが今日はあきらめるしかなかった。

 私は軽く行動食だけを腹に入れて、10分ほどの滞在で山頂を後にした。すると山頂直下の急坂を下ったところで、下の方から人の声が聞こえてきて、今日初めての登山者と出会った。7〜8人ほどのグループで、聞いてみるとやはり宮城ナンバーの人たちであった。沢でも登ってきたのかと思ったら、やはり間違って沢に入ってしまい、時間をとられたとのこと。そして最後尾の人と話をしていると、意外にもその人はメールを度々いただいている、仙台の八嶋さんであった。お互いに初めての出会いだったが、メールを頂いているだけに話をしていると、ずっと以前からの友人のような気がしてくるから不思議だった。途中の急坂ではザイルを張ってきたとのことで、みんなはそんなことでも時間を要したものらしかった。

 八嶋さん達一行と別れると急坂を一気に下ってゆく。赤いテープはあるのだが、半分は記憶が薄れていて、うっすらとした踏跡をひとつひとつ確認しながら元の道を戻ってゆく。ザイルは第二の大岩から下る急斜面に張られていた。私はありがたく利用させてもらいながら、幸いに滑落することもなく無難に龍王洞まで戻ることができた。山頂からの距離は短いながらも、龍王洞まですでに40分ほどかかっていた。ここからは鎖場の連続なのでこの先も気を抜けない下りが続いた。鎖場が終わると今日の山行もようやくゴールが近づいているのを実感した。黒伏山神社で一息をいれて、杉林を下ると鳥居まではまもなくであった。

 車に戻って後かたづけを終えて林道を走り出すと、天候はもう下り坂なのか、細かな雨粒が車のガラス窓を濡らし始めていた。


黒伏山神社の鳥居


黒伏山神社


鎖場の急坂


龍王洞の入口


龍王洞入口にある古い刀剣


龍王洞の奥にあるご神体



山形新聞(平成17年9月13日夕刊)


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