5時過ぎには宿を出て、近くのコンビニで軽く朝食を食べ、食料を仕入れると早速天元台に向かった。早朝から雲一つない快晴の空が広がっていて、久しぶりに今日のツアーが約束されたようなものであった。天元台湯本駅には着いたのは7時40分。8時始発のロープウェイには十分に間に合う時間だったが、乗り場に着いてみると、早くも今日の好天に誘われたのか、たくさんのスキー客で待合室はとっくにあふれており、結局2番目のロープウェイにしか乗れなかった。ロープウェイは5分毎の折り返し運転を行っており、山頂駅で準備をしている間にも次々と乗客は登ってきていた。
ロープウェイと3本のリフトを乗り継いで標高1830mの北望台につくと、早くも中大顛への斜面には多くのトレースが入り乱れていた。いつものように中大顛の山頂へは向かわずに、カモシカ展望台からは大凹を経由して梵天岩をめざしてゆく。ラジオを聴いていると、県内でも置賜地方、とくに米沢はかなりの冷え込みらしく、平地でも氷点下10度以下の外気温を感じるほどだった。雪面は気温の低さもあってラッセルの必要は全くなく、むしろアイスバーンといってもいいほどの堅雪であった。途中、大凹付近で岩手からきたという6人ほどのグループを追い越してゆき、梵天岩では二人のスノーボーダーを追い抜いてゆくと、その先には誰もいなくなってしまった。天候がよいだけに少しも急ぐ必要はなかったのだが、ラッセルのないシール登高はなんの支障もなく、単独と言うこともあり、休まず歩いているうちに、いつのまにか先頭に出てしまったようであった。今日は昼頃までに自宅まで戻らなければならないと言う事情もあって早出となったのだが、その雑用さえなければ今日は時間の許す限り、そこら中の吾妻の山々をのんびりと歩いたり滑ったりしたくなる気分だった。しかし、人生とはそうそううまくできていないようだ。
梵天岩からは久しぶりに西吾妻山をめざした。ところどころに残っているトレースを踏んでみると堅く凍っており、それは昨日のもののようであった。その目前にはなだらかな西吾妻山が大きく、そしてどっしりと構えて、まぶしいほどの朝日を浴びて光り輝いていた。西吾妻名物の樹氷原もまだまだ健在で、そのモンスターの間を縫ってゆくと山頂へはそれほどの時間も苦労もせずに到着した。もちろんまだまだ大量の積雪に覆われているのでどこが山頂かははっきりしないものの、雪のある時期に登ってみると一番高い地点がよくわかる。ちょうどその地点に誰かが赤い布きれを枝に取り付けてくれているようであった。
私はもう少し先まで足を延ばしてみる。するとまもなく前方には見慣れた磐梯山や、檜原湖、秋元湖などの湖沼群が眼下に飛び込んでくる。久しぶりに見る素晴らしい光景に言葉も出てこないほどだ。シャッターを手当たり次第に押してカメラに納め、そしてその光景を記憶にとどめた。眺めていると思わずこのまま二十日平を下ってまた登り返そうかという誘惑にも駆られそうになるほどだった。今日は時間的には早すぎるくらいの余裕時間があるので、それはわけもなさそうであったが、デコ平に降りて行けば白布温泉に戻るのはどうしても夕方になってしまうだろう。やはり約束している所用を放り出すわけにはゆかなかった。
山頂からの展望を心ゆくまで楽しんだらさっそくシールをはずし、とりあえずいつものように西吾妻の東斜面をひとすべりしてみることにした。しかし、滑ってみると雪面はまだまだ堅く凍っていて、中身は柔らかいという典型的なモナカ雪で、悪雪の見本のようなものであった。ワンターンはなんとかこらえても次のターンには決まって転んでしまう始末だった。相変わらず技術の未熟さにはあきれるばかりだが、これでは少しも楽しくはないので、途中からトラバース気味に西吾妻小屋へむかうことにした。せっかくの手つかずの斜面も早すぎる時間帯では思うようには楽しめないという、皮肉な思いも感じないではいられなかった。
日差しはどんどんと強くなっているので、雪面が柔らかくなるのも時間の問題だろうと、しょうがないので西吾妻小屋ではゆっくりと休憩をとりながら、時間をつぶすことにした。カップラーメンを食べていると早くも西大顛を経由してきた山スキーヤーが2名、すぐ近くを通り過ぎてゆき、西吾妻山に向かって登っていった。
朝はトップでここまできたので、この先にはトレースがなかった。いつもの沢への下りだしをめざして推進滑降してゆき、割合に広々とした雪原にでると、そこからは一気に下ってゆく。しかし、時間の経過とともにだいぶ滑りやすくなったといっても、特に日陰部分ではまだクラストした雪面が残っていて、急に足がすくわれて転倒をくりかえしたりした。
標高1500mを切った付近から尾根コースにもどると、不思議なことに二人分のスキーのトレースが尾根上部から若女平へと伸びていた。それは意外と新しいもののようでもあったが、トレースをたどってみると氷化しているのに気づき、やはり昨日のシュプールがそのまま残っているものらしかった。
若女平から振り返ると久しぶりの西吾妻山が美しい。そして周囲の見事なダケカンバは眺めているだけで心が洗われるようでもある。私はつい先日の1月上旬に訪れたときの、日没後の若女平を思い出していたが、今日は温かい春の日差しをいっぱいに受けて、そのダケカンバの芽吹きももうまもなくという感じだ。いつもながらここに佇んでいるだけで、私は桃源郷に紛れ込んだような気分に浸った。一方では季節の過ぎ去る時間の早さを思わずにはいられなかった。
若女平から強清水のヤセ尾根までの急斜面は予想外にテレマークスキーが楽しめるところだった。この頃になると雪が柔らかくなっているので、少々ブナ林が混んできてもスキーのコントロールがそれほど難しくはなくなっていた。ヤセ尾根にはスキーのトレースとツボ足の踏跡が両方あったが、今日はスキーが走りすぎることもあって、迷うことなくスキーを担いで通過した。スキーを履き直すと、そこからは一気にダケカンバ帯と杉林を抜けてゆき、最後の急斜面に出た。もう藤右エ門沢の沢音が対岸から聞こえていて、雪解けがかなり進んでいるのがわかった。しばらく急斜面を横滑りやキックターンでしのぎながら密林を抜け出すとようやく林道に飛び出した。林道にでると今日の若女平がようやく終わったのを感じた。
有料道路の通行止め地点まで林道を滑走してゆくと、終点では県外から来たと思われる若者達が大きなテントを二張り設営中だった。今日と明日の二日間をこの吾妻連峰でいろいろと楽しむ計画をもっているのだろう。その様子をながめているだけでうれしくなり、またうらやましくもなる光景であった。
今回の若女平は豪雪のラッセルに苦労させられた1月9日の、夜行で下っきた時以来の山行であったが、今日はスキーもよく走り、快適に滑り降りてきたはずなのに、山スキーの充実感とか満足感を考えると、不思議に前回の難儀した山行のほうがはるかに楽しかったような妙な感じを抱いていた。