山 行 記 録

【平成17年12月4日(日)/蔵王連峰 坊平高原〜刈田岳



パウダーを楽しむ山中氏


【メンバー】単独(※お田ノ神避難小屋で山中氏と合流)
【山行形態】テレマークスキーによる山行、冬山装備、日帰り
【山域】蔵王連峰
【山名と標高】刈田岳1,758m(※お田ノ神避難小屋まで)
【天候】快晴
【行程と参考コースタイム】
蔵王ライザスキー場(第1リフト終点)11:10〜お田ノ神避難小屋12:45-13:50〜駐車場14:30
  
【概要】
今年は昨年からみれば1ヶ月近くも早く降雪があり、すでに平野部でも白い部分が多くなっている。県内のスキー場では早くもオープンしているところがでてきているが、全コース滑走可能とはまだ行かず、一部のみのリフトが動いているだけというところがまだ多いようであった。山スキーとしてはかえってこういう状態がシーズンはじめの楽しみだと気が付いたのは最近である。つまりシールをつけて山を登れば、非圧雪の斜面を好きなように自由に滑ることができるのである。今日は出だしこそ遅かったものの、そんなつもりで自宅を出発した。

坊平高原にきてみると、予想通りライザスキー場は今週末のオープンだったが、プレオープンとして第1リフトだけが動いていた。それをみて1回券を2枚だけ購入し、リフト乗り場へと向かった。一本だけゲレンデで足馴らしを行い、その後に刈田岳まで登ってゆくつもりでいると、ゲート付近でストックを大きく振り上げている人がいる。サングラスをしているので初めはよくわからなかったが、よくよく見ると山岳会の山中氏であった。山では意外にも知っている人とは出会うものだが、今日は出かけるのも遅かったこともあり、まさかここで知人と出会うとは思ってもいなかったので驚いた。山中氏は一日券を購入し、早くもテレマークスキーの猛特訓に精をだしているようであった。私の予定がツアーの足慣らしだと聞いた山中氏は、もしかしたら後で追って行くかもしれないといいながらゲレンデを滑走していった。山中氏も一応はツアーの準備をしてザックを車に入れているらしかった。

私は第1リフトで山中氏と別れ、シールを張り終えると、久しぶりに踏み跡のないゲレンデを歩き始めた。スキーヤーでにぎやかなゲレンデが遠ざかるに従って、周りは静寂な雪の世界へと変わって行く。優しい春のような日差しが新雪に降り注ぎ、空気が目映いほどに煌めいている。透明な空気感とまぶしい青空と真っ白い雪原は、ただ眺めているだけで気持ちが落ちついてくるようであった。ゲレンデには2、3人ほどのトレースやスノーシューの踏み跡があったが、ほとんどバージンスノーといってもよいような状態で、下りの滑降が大いに楽しみであった。無風快晴でのシール登高は、ただ立っているだけでも暑くて、歩き始めるとたちまち汗が噴き出してくる。終いには暑さに耐えられなくなり、私はアウターを脱ぎ捨て、しばらくすると防寒着として着ていた薄いベストまで必要がなくなった。それでも寒さは少しも感じなく手袋も汗で濡れ始めていた。こんな好天は1シーズンに何回もあるものではなく、無理して自宅をでてきて今日は本当によかったとしみじみと思った。

しかし体の方は正直というのか、両足は結構疲れ始めていて、ちょっとすると痙攣しそうになっている。久しぶりのシール登高はうれしいばかりなのだが、気持ちだけが先走り、まだテレマークスキーへの切り替えができていないような妙な感覚が離れない。山登りで使う筋肉とはちょっと違うようで、両足は少し戸惑いを感じているようであった。第2リフト終点から上部は笹藪がまだ頭を出している部分も多く、スピードがあがらなくなり、なかなか山小屋が近づかなかった。それでも久しぶりの雪山は気持ちが良くて、少々の難儀さはすこしも苦にはならなかった。これでも昨年の12月下旬のころよりはかなりの積雪があり、もう一降りでもすれば馬の背までは快適に登ってゆけるような感じがした。

潅木類の枝が完全に埋まりきっていないためか、先行者のスキーやスノーシューは途中からエコーライン沿いに登っていったが、私は無理にでも直進を試みる。藪と言うほどではないが、積雪が少ないためにストックは手元まで潜ったり、スキーも思わぬところですっぼりと埋まってしまい、なかなかスムーズに登らせてはくれなかった。それでも時間をかけながらようやくお田ノ神避難小屋に到着した。周囲には踏み跡がひとつもなく、先行者はやはりエコーライン沿いに馬の背に登っていったようである。歩き始めて1時間30分。たいした歩いたわけでもないのにヤブ漕ぎのような状態にうんざりしていた私は、もう刈田岳まで足を延ばす気持ちはなくなっていた。

小屋はまだ雪に埋まっていないとはいえ、正面の入り口からは入れないので、いつものように東側の窓から小屋の中に入った。いくら天候がよくても汗をかいた体は、佇んでいるだけでたちまち冷えてくるようであった。山頂をあきらめてしまうと時間はたっぷりとある。さっそくストーブに火を入れて、小屋でのひとときをのんびりと過ごすことにした。歩き始めるのも遅かったのだが、時計をみるとすでに午後1時近い時間であった。窓の外を見れば快晴の空を背景に馬の背や刈田岳、熊野岳がまぶしく輝いていた。中丸山は冬場には全山が雪に覆われるのだが、アオモリトドマツの頭がまだ雪に埋まりきらず、胡麻をまぶしたような山肌を見せている。いつか雪がたっぷりと降ったときにまたあの山頂まで行ってみようかと考えるのは楽しい時間であった。ストーブで濡れた手袋などを乾かし終え、小屋を出ようとして窓を開けると、山中氏が小屋の外に立っていた。氏はちょうど小屋に到着したばかりらしく、まだ呼吸が落ちついていない様子であった。山中氏とは8カ月ぶりぐらいだろうか。あらためてストーブに火を入れて、休憩のやり直しとなったが、山中氏のザックからは早速缶ビールが出てきて、久しぶりの再会に山談義にも話しが弾んだ。窓の外を眺めていると、休んでいる間に山頂を往復してきたらしい山スキーの人が一人いたが、小屋には立ち寄ることもなく通り過ぎていった。お田ノ神避難小屋は私たち二人だけの貸し切りであった。

お田ノ神避難小屋をあとにすると、しばらくゲレンデに出るまでは少々ヤブ漕ぎのような状態で下って行く。これも天候が良いだけに、考えようによってはネイチャースキーのようなもので、ひとつひとつ難所をクリアしてゆくのが楽しい。こんな短時間な散策のようなものでもツアーの気分を味わうことができるから、冬山とはやはり不思議なものである。第2リフトの終点からは適度に降り積もったパウダー斜面を二人で交互に楽しみながら下って行く。騒々しい音楽と余計なリフトさえなければ、オープン前のスキー場はあらためて楽しいものだなあと思いながらしばらくぶりの滑走を楽しんだ。しかし、体調はいまひとつなのか、それとも運動不足気味のためなのか、疲れは結構足にきているようであった。久しぶりのテレマークスキーを満喫したとはいっても、私は駐車場に戻るまでに何回も立ち止まらなければならなかった。



お田ノ神避難小屋と熊野岳


テレマークスキー絶好調の山中氏


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