山 行 記 録

【平成17年11月2日〜3日/飯豊連峰 大日杉〜飯豊山〜三国岳〜五段山



ザンゲ坂付近から仰ぐダマシ地蔵


【メンバー】単独
【山行形態】冬山装備、避難小屋泊(本山小屋)
【山域】飯豊連峰
【山名と標高】地蔵岳1538.9m、飯豊本山2105.1m、三国岳1,644m、種蒔山1,791m、地蔵山1485m、
       牛ケ岩山1401m、五段山1,312m
【天候】2日(晴れ)、3日(晴れ後曇り)
【温泉】西置賜郡飯豊町椿「飯豊旅館」300円
【行程と参考コースタイム】
(2日)大日杉7:50〜ザンゲ坂8:10〜長ノ助清水8:30〜滝切合9:30〜地蔵岳10:00〜目洗清水10:35〜御沢分岐11:20〜切合小屋12:10〜
   草履塚12:50〜本山小屋14:15(泊)※本山往復
(3日)※御来光6:11 本山小屋発7:00〜草履塚7:50〜 切合小屋8:10〜種蒔山8:25〜 三国岳9:00-15〜横峰分岐9:50〜地蔵山10:00〜
    五枚山10:15〜牛ケ岩山10:40〜五段山11:05〜五段清水〜 大日杉小屋着12:30

【概要】
11月2日
今年は体調を崩してしまい飯豊山はあきらめていた。それが少し無理をすればなんとかなるかもしれない、と考えるまでになったのだから少しずつ快復しているのかもしれなかった。10日前ほどの寒気流入によって自宅から眺める飯豊連峰は早くも冠雪し、高山はすでに冬の季節を迎えていたが、確実に好天が予想される日に休暇を1日もらい、およそ1年ぶりに大日杉に向かった。アイゼンやピッケルは持たないものの、冬用のシュラフや帽子、手袋、防寒着などでほぼ完全な冬山装備を揃えたため、ザックはいつもよりもずっしりと重い。それでも切り詰められるものは切り捨てたので最低限の冬装備である。山に初雪が降り、11月を過ぎれば私にとって今年最後の飯豊となるかもしれない。そう思うと今日の雲ひとつない快晴の空が例えようもなくうれしかった。

大日杉登山口はすでに冬支度を終えて、登山者カードの記載所もきれいに撤去されていた。車は1台もなく入山している登山者は誰もいないようであった。登山口には晩秋の寂しさが漂っていたが、周辺はまだまだ紅葉の華やかさに満ちていて、ザンゲ坂付近の鮮やかに色付いた木々に目を見張った。尾根に上がると落ち葉の敷き詰められた山道が続いた。そのシャリシャリとした落葉を踏む音が不思議に心地よい。登山口では冷え込みが厳しかったが、今度は頭上から降り注ぐ陽射しが暑くてたまらなくなる。たちまち汗が流れてしまい、途中から半袖の下着一枚で歩いた。落ち葉の上を多くのバッタが飛び跳ねていた。バッタ達も今日の心地よい小春日和を喜んでいるようだ。思わず踏みつけてしまいそうになるので、どうか足元にだけは来ないでくれと願わずにはいられない。虫達の小さな命が今日は妙に愛しく、思わず涙がこぼれてくる。山に登っていて涙が止まらないなどというのは初めてであった。今日はどうかしているのかも知れなかった。

ダマシ地蔵までは2時間近くもかかった。陽射しは暑いくらいなのに日陰部分には霜が降りたままで、水たまりはまだ凍ったままであった。おにぎりを頬張っているとたちまち体が冷え切ってくる。見上げると冠雪した飯豊本山が朝の陽光を受けて輝いている。先日、自宅から見えたときにはもっと白さが際だっていたので、平日の好天で大分融けてしまったのだろうが、北斜面を見る限り、山頂付近の積雪は多く、すでに冬の様相が伺えるようであった。ダマシ地蔵からはところどころに残っていた紅葉もなくなり、枯れ葉のみの潅木帯となった。地蔵岳まで登ればしばらく小さなアップダウンはあるものの、平坦な稜線歩きとなる。この時期は葉を落ち尽くした雑木林のおかげで、常に飯豊山を眺めながら歩けるから楽しい。天候があまりによいせいだろうか。御坪付近のダケカンバが異様な白さに輝いている。御沢別れからは種蒔山への登りとなったが、それほどの勾配もなく快適な尾根歩きが続いた。途中の水場で汗を拭き、種蒔山をトラバース気味にひと登りすると切合小屋まではまもなくであった。切合小屋までくると大日岳や御西岳が正面に飛び込んでくる。しかし稜線付近は冠雪はしているものの、期待していたほどの積雪はまだなさそうであった。ただ冠雪した稜線は久しぶりなので、眺めているだけでも飽きることはなかった。

草履塚へ登る途中、細い流れを利用して水筒に水をいっぱいにした。地蔵岳から見た限りでは本山の水場はすでに雪に埋もれていると思わなければならなかった。雪を解かせばいつでも水は作れるのだが、ここまでくれば水の重さもたいしたことはなく、雪を解凍するよりは担ぎ上げた方が時間の節約にもなる。しかし、水を汲み終わり立ち上がった瞬間、不覚にも目眩がして水場から転げ落ちてしまった。したたかに尻や肘を石に打ちつけてしまい、急峻な岩場ならば大怪我をしているところだったが、幸いにも軽い擦り傷程度で済んだ。これにはいささか自分でも信じられほど慌ててしまったが、まだまだ体は本調子ではないのかも知れなかった。草履塚までくれば飯豊本山までは目前となる。草履塚の山頂でのんびりと大日岳を眺めながら林檎を食べる。登山者の姿はみあたらず、静かな山並みを眺めているだけで心が安らぐようであった。草履塚を下ると登山道にもようやく雪が現れるようになった。たいした積雪ではないが、気温が低いので堅く凍ったままであった。姥権現で安全を祈願し、御秘所へと向かっていると単独の女性が一人下っていった。大きなザックを背負っており、大石ダムからの縦走者のようであった。御秘所の岩場はいつになく慎重に通過する。ただでさえ足元が心もとないので不安感がよぎるところだ。しかし、この御秘所さえ通過すれば危険な個所は特にない。御前坂の最後の急坂は残っている力を振り絞るだけでよかった。一王子付近からは多くの積雪が残っていて一気に冬景色の様相が広がった。強い陽射しはあっても気温は低く6度しかない。風は冷たく体感温度は氷点下だろう。雪は真冬のように堅く凍ったままであった。

本山小屋の入口にも雪は積もっていたが、難なく引き戸は開き、小屋の中に入ることができた。二階に上がると予想外に2人分のザックがあり、シュラフが広げられてあった。しかし、登山者は見当たらないので、本山か御西へでも往復しているのかも知れなかった。私は反対側に場所を確保して、防寒着とカメラだけを持って飯豊本山を往復してくることにした。予定では今年新しく建て替えられた御西小屋への泊まりも考えていたのだが、今日はここまでの行程が精いっぱいで、体は異常に疲れていた。そして足元がときどきふらつくので、無理はしないことにした。体力というよりも自分の足に自信がなく、気持ちが動揺しているようであった。筋肉の限界も感じていたので本山まで来れただけで満足することにした。本山からは1年ぶりに見る雄大な風景が広がっていた。やはり2100mからの展望は違うなあ、などと当たり前のことを考えたりしてみる。大日岳には少し雲がかかっているものの、烏帽子岳から北股岳、そして北方に聳える杁差岳までが鮮明に見えていた。しかしダイグラ尾根を眺めていると、今年は結局登れずに終わったことを思い出し、悲哀に似た感情がこみ上げてきた。ダイグラ尾根には稜線に少し雪が残っている程度で、まだ下ることは問題なさそうだったが、御西への稜線を見ると雪道が白く続いていて積雪は予想よりも多いようだ。しかしまだスパッツさえあれば往復は十分に可能に見えた。写真を撮り終えて小屋に戻ろうとすると、御西小屋まで往復してきたという二人連れが本山にちょうど登ってくるところであった。二人は新潟からきたという人達で、一人は何回も登っているベテランらしかったが、もう一人は今回の飯豊が初めてのようであった。二人に聞いてみると御西まではほとんど雪道だったが、中が空洞のためズボズボとぬかって歩きにくかったとのこと。初めてだというひとはスパッツを持ってこなかったらしく、歩く度に雪が靴の中に入ってかなり難儀したようであった。

小屋に戻るとさっそくカップラーメンで遅めの昼食をとった。今日の小屋泊は一人だけだろうと思っていただけに、思わぬ同宿者がいるおかげで少しだけ賑やかな雰囲気に包まれた。しかしほかに登ってくる人はなく、結局今日の本山小屋は私達3人だけの貸切となった。午後も四時を過ぎると急速に小屋の中が薄暗くなる。窓の外を見ると早くも薄雲が広がり始めていた。二人組は夕食をさっさと済ませると四時半にはシュラフに潜ってしまった。私の夕食はこれからだというのにこれにはびっくりした。飯豊が初めてだという人はたちまちいびきをかきはじめている。御西への往復もしてかなり疲れたのかも知れなかった。今日は日本酒のパックを持ってきていたので、私は熱燗を作って一人で夕食を始める。片方ではすでに就寝してしまったので、気を使いながらの夕食であったが、一人だけの食事は簡単に終わってしまい、私も早めにシュラフに潜ることにした。楽しみにしていた夕景は、広がり始めていた厚い雲が大日岳の上空を覆ってしまい、山の稜線がわずかに赤く染まっただけで今日の日没が終わった。

11月3日

翌日の朝は何となく眠い感じがいつまでも残った。あまりに早く眠ったために夜中に何回も目を覚ましたためらしかった。時刻を確認する度にまだまだ翌日にならないのを知ってがっかりした。そんな状態が未明まで続いたのでなんとなくすっきりした感じがなかったものの、体の疲れは大分取れたようであった。日の出は吾妻連峰付近から始まりそうであった。しかし、昨日と同様に厚みのある雲が空全体を覆っており、期待していたご来光は見ることができなかった。ラジオの予報では、予想よりも早めに前線が通過するとかで、天候は早くも下り坂に向かっているらしく、昼過ぎには雨が降り出しそうであった。しかし、午前中は間違いなく天候は持つだろうと思い、今日は三国岳を経由して五段山から大日杉に下るコースをとることにした。落葉したこの時期ならば牛ケ岩山付近からも飯豊の稜線がよく見えるはずで、快適な尾根歩きが楽しめそうである。新潟の二人からは一足早く、私はちょうど七時に小屋を出た。雪は相変わらず堅く凍ったままだが、気温は昨日ほどの冷え込みは感じられなかった。それでも外気温は氷点下で、前日枕元に出して置いた氷水は少しも融けていなかった。御前坂を下り、陽射しが降り注ぐようになると気温は少しずつながら上昇した。小屋を出るときには完全な冬山装備に身を固めたのだが、草履塚への登り返しからは防寒着などは必要がなくなり、長袖シャツ一枚でも十分で、手袋もザックにしまった。草履塚からは何回も大日岳や御西岳を振り返った。草履塚を下り始めると登山道には雪がなくなり、心地よい小春日和の陽光が頭上から降り注いだ。

切合小屋を過ぎ、種蒔山に向かっているといかにも晩秋の山歩きといった雰囲気に満ちてきて、気持ちの良い尾根歩きが続いた。途中で七森の標柱があるはずだったが、大雪で倒れたのか気付かずに通過する。七森を通過すれば三国小屋まではひと登りである。この小屋は昨年、建築中に通りかかっていたが、完成した山小屋を見るのは初めてであった。作りは本山小屋とそっくりで、大きさを一回りほど大きくしたような感じである。中も広々としていて、川入から入山する人にとってはとてもありがたい山小屋になったようである。私は小屋前でザックを下ろして大休止をとることにした。ここからみる風景はいつもながら素晴らしく、大日岳から御西岳、飯豊本山への稜線を、正面に一望出来る最後の場所でもあった。落葉の終えた潅木ばかりだったが、ナナカマドやガマズミなどの赤い実だけが残っている風景は秋の深まりを感じさせた。川入に戻ると話していた二人の姿はまだどこにも見えなかった。

三国小屋を後にすると最後の難所ともいえる剣ガ峰を通過する。いつもは気にも留めないほどの岩場なのだが、最近の足元の心許ない感じには自信がなくなっているので、細心の注意を払いながら剣ガ峰の岩稜帯を下った。途中で川入の登山口から登ってきたという単独の登山者とすれちがった。振り返ると小さなサブザックを背負っており、飯豊本山までの日帰り山行のようである。横峰分岐からは地蔵山へと向かう。地蔵山への登りといっても山頂へはほんのひと登りしかない。山頂では片隅に佇むお地蔵様に手を合わせてから牛ケ岩山への緩やかな坂道を下っていった。青空はときどき薄雲に遮られたりしていたが、下るほどに陽射しが強くなっていた。牛ケ岩山付近は平坦なだけに、里山を歩いているような心地よさがある。私は急いで下るのが惜しくなって途中で立ち止り、そしてザックに腰を下ろし晩秋の風景をしばらく眺めていた。牛ケ岩山を下ると途中でテントがひと張りあって道を塞いでいた。こんな所で幕営しているのを見るのは初めてであったが、声を掛けてみると宮城から来たという夫婦連れが、秋山のひとときをのんびりと楽しんでいるところだという。別に飯豊山をめざそうと登ってきたわけでもないらしく、テントを張って、山での食事やお酒を静かに味わっている様子であった。

五段山を下り始めると少しずつ紅葉の華やかさが戻ってくる。しかし、空全体を覆っていた薄雲は徐々に厚みを増し、先ほどまでの陽射しはいつのまにかなくなっていた。ブナの間から見える飯豊本山も心なしか昨日とは違って寂しく感じられた。急坂を下るとしばらく薄暗い杉林が続き、白川の源流に架かる吊橋を渡れば大日杉小屋はまもなくだ。昨年も同じコースを下っているが、今回はいつもよりもずっと時間をかけながら大日杉の登山口に戻った気がした。大日杉の駐車場には昨日とは違って10台近くもとまってあり、今日はかなりの入山者がいる様子であった。しかし、沢の流れで汗を流していると、早くも小雨が降り出してきた。雨は次第に大粒となり、予報どおりの天候となってしまったが、幸いに雨に当たられることなく下山できたのは好運であった。私は心身が少し不安定な状態でも何とか飯豊に登り切り、そして無事に下山できたことがうれしかった。今年初めての飯豊本山であったが、これで思いを残すことがなくなり、長く抱えていた宿題を終える事ができたような子供の気分に浸っていた。


目洗清水付近からの飯豊本山


本山小屋

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