山 行 記 録

【平成17年10月9日(日)/朝日連峰 大井沢〜出谷川〜明光山



雲海に浮かぶ障子ガ岳(雨量計付近)


【【メンバー】単独
【山行形態】夏山装備、日帰り
【山域】朝日連峰
【山名と標高】天狗角力取山1,376m、粟畑1,397m、明光山1,242m
【天候】晴れ時々曇り
【温泉】西川町大井沢温泉「湯ったり館」300円
【行程と参考コースタイム】
    南俣沢出合にて前夜車中泊
(9日)南俣沢出合(518m)4:00〜雨量計7:00〜粟畑7:12〜天狗角力取山(1376m)7:25〜出谷川(704m)8:50
    〜明光山10:00〜出谷川10:45〜ウツボ峰分岐13:00〜粟畑13:20〜南俣沢出合15:45

【概要】
 明光山へは何度か以東岳への途中で通過はしているものの、明光山を目的にした日帰りは初めてである。明光山はたいしたピークでもない山ではあるが、出谷川から天狗角力取山へは登り返したことがないという、たったそれだけの理由が今日の山の目的であった。今回の行程はかなり時間がかかりそうなので、早立ちをすることにして昨夜のうちに登山口に入った。久しぶりの車中泊であったが体調を考えて睡眠薬を早めに飲み、アルコールを少しだけ腹に入れて9時には就寝した。

 翌朝は3時半に起床。降るような星空だったが月がないので周りはまだ真っ暗であった。歩き出しの時間は午前4時。ヘッドランプのわずかな明かりをたよりにまだ暗い中を歩き出すとまもなく山道に入り尾根に上がった。バカ平を歩いている途中でランプが暗くなり、予備のヘッドランプに取り替える。今流行りの高輝度LED形式のものなのだが、明るさが全然違って急に夜道が歩きやすくなった。5時半を過ぎる頃から東の空が少し薄明るくなったが、試しにランプを消してみると真っ暗でまだ何も見えない。青黒い光の中にようやくものの形が浮かび上がろうとしているだけで、山道はまだまだ闇夜を引きずっているようであった。もう何回も歩き慣れている道だから暗くても特に不安はなかったが、熊や夜行性の動物とはお互い出会いたくもないので熊避けの鈴だけは終始鳴らしながら歩いた。

 竜ガ岳北側の巻き道を進み、右手の尾根に上がる頃からようやくランプなしでも歩けるようになった。時間が経つにつれ、周囲の紅葉が白黒だけのモノトーンの世界から徐々に彩度が増してゆく。しかし、ラジオを聞いていると、村山地方と置賜地方には濃霧注意報が発令中で、周囲を見渡してもまだ朝の濃い霧に包まれ視界はなかった。その濃霧も雨量計の小屋が近づく頃からようやく抜け出し、上空には澄んだ秋空が広がるようになった。粟畑手前のピークに立つと、ちょうど雲海から飛びだした形で、まるでピラミッドのような障子ガ岳がポッカリと雲の上に浮かんでいるのが見えた。雨量計から粟畑のピークまではもう目前である。ここの急坂は以前から深くえぐれ荒れていたのだが、いつのまにか立派な石畳の道として整備されていたのには驚いてしまった。

 粟畑のピークには3時間以上もかかってようやく到着した。粟畑から庄内側は今までの霧がまるでウソのように澄み切った青空が広がっていた。真正面にそびえ立つ以東岳の大きな山塊を眺めていると、気持ちまでが晴れ晴れとするようで、これまでの疲れを忘れそうであった。たった1週間の違いなのに以東岳の紅葉は深みが一層増しており、前景の鮮やかな紅葉と相まって、それはまるで一幅の絵画を思わせた。周囲を見渡すと、ちょうど天狗角力取山の稜線を境にして村山側は一面の真っ白い雲海に覆われていた。その雲海が夥しい滝雲となって盛んに稜線を越そうとするが、庄内側に流れるとその滝雲は次々と消えてゆく。それは今までも何回か目にしているものだったが、不思議と飽きることもなく、私はしばらくの間その光景に見入っていた。

 ウツボ峰分岐にある広場まで来たところで腰を下ろし朝食をとる。時計を見るとここまで約3時間半かかっている。日帰り装備にもかかわらず普段よりも30分ほど余計にかかっているようであった。流れてくる風は湿気がなくて爽やかだったが、その冷たさはすでに秋の深まりを感じさせた。稜線付近はすでに紅葉が盛りを見せており、朝の清々しい空気の中での食事は、たった一人でも退屈することはなかった。快晴での風景もいいものだが、こうして雲海が流れる光景もなかなか魅力が尽きることはなかった。天狗角力取山からは出谷川まで700m程の下りとなる。粟畑の周辺は今が紅葉の盛りだったが、下るにつれて木の葉の色づきが再び深緑に戻って行く。それでも花の季節はとうに過ぎ、ノアザミ、ハクサンイチゲが道端に僅かに残っている程度であった。

 出谷川に降り立つと、森閑とした深い渓谷には沢音だけが聞こえていた。明光山へ登るにはここからは出谷川の対岸に渡らなければならない。心配した水量はそれほどではなかったが、それでも飛び石伝いに渡ることはできないようであった。無理に渡ろうとして登山靴を濡らすのは昨年で懲り懲りしていたので、今回は持ってきたサンダルに履きかえて対岸に渡った。素足を入れてみると水温はそれほど冷たくはなかった。今日はバスタオルまで用意してきているので、ここまで準備を整えてくると、この出谷川で裸になり沐浴をしてもよいような心境にもなってくる。それほど天狗角力取山から出谷川までは風もなく、いつのまにか全身汗だらけになっていた。

 せっかく対岸に渡ったので目的の明光山までは予定どおり往復してくることにした。出谷川を少し上流に遡り、山道に入って行くとしばらく急坂が続いた。ゆったりと行動してきたつもりだったが、ここまでの行程で今日は足が棒のように重いのを感じていた。早立ちしたおかげで時間はまだまだ余裕があるのが唯一今日の救いであった。明光山への登りは出谷川から約1時間半かかった。ようやく目的の山頂に到着したのだが、この山頂には三角点があるだけで特に展望が開けているわけでもなく、あまり魅力のある山ではない。明光山はやはり以東岳への登りで通過するためだけの山のようである。もの好き意外のなにものでもないような気がしないでもないが、それでも山頂からは以東岳の一角やエズラ峰などをわずかながら見渡すことができて私は満足だった。しかし、陽射しはいつのまにか弱々しいものに変わっており、青空はほとんどなくなりかけていた。今日の好天は一日持つように思われたが、やはり変わりやすい秋の空なのだろう。風景は先ほどよりも重く沈んで見えた。山頂で行動食を食べ、呼吸が落ちついたところで早々に出谷川へと引き返すことにした。

 出谷川から天狗角力取山への登り返しは非常にきついものであった。筋肉が今にも破裂しそうなほどパンパンに堅くなっていて、気を緩めると両足はすぐにでも攣ってしまいそうであった。そんな無理が祟ったのだろうか。途中で不覚にも足元がふらついてしまい、ヤセ尾根から急斜面をずり落ちたときにはさすがに慌ててしまった。幸い斜面の小枝をとっさにつかんで滑落を止めることができ、手足を少し擦りむいただけで済んだが、止血するためによけいな時間を取られたりした。そこからは意識的にゆっくりと登ることを心がけながら天狗角力取山に戻った。天狗角力取山からは朝方見えなかった天狗小屋を眼下に見ることができた。見渡す山並みは相変わらず薄い霧に覆われていたが、天狗小屋の周囲は見事としか言い様のないような紅葉に囲まれていて、まさに錦秋の風景が広がっていた。小屋にも立ち寄りたかったが、ここまで9時間歩き続け、時間はすでに午後の1時を過ぎている。もはや体力の限界であった。状況次第では粟畑から障子ガ岳を回るコースを下山しても、などと安易に考えていたが、いまの体力ではそれがとんでもないほどの無謀なものだと思い知らされた。

 粟畑では最後の以東岳の雄姿を眺めてから下山する事にした。しかし、天候は下り坂に向かっているのか、朝方、感激した以東岳の雄大な光景はもう見ることはできなかった。駐車場が近づく頃には、曇り空ということもあって、すでに夕暮れが迫っていた。12時間に近い一日の長い行程が終わろうとしていた。下山後、登りの累積標高差を調べてみると、小さなアップダウンをのぞいても2100mほどあったことがわかった。予想外に時間を要したのは、体調が万全ではないことと、ペース配分がうまくできなかったことが主な原因かも知れなかった。しかし、紅葉に彩られた山旅をなんとか無事に終えることができて、目眩を覚えながらも下山後の大井沢温泉では久しぶりの充実感と生きる喜びのようなものを味わっていた。



天狗角力取山から以東岳を仰ぐ


以東岳(出谷川への下りで)


障子ガ岳を振り返る(出谷川への下りで)


出谷川に降り立つ


紅葉に包まれる天狗小屋(帰り道で)
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