【概要】
朝日連峰の赤見堂岳や石見堂岳には夏道はないので、雪のある時期にしか登れない山である。標高こそたいしたことはないのだが、障子ケ岳から湯殿山の稜線上においては、特異な存在感があって、特に雪を抱いた山容は岳人を惹きつけてやまないものがある。そういう意味で朝日連峰の秘峰ともいえる山であり、赤見堂岳については所属する山岳会主催による、月山第一トンネルからのツアースキーを先週末に行っていた。
今週はその赤見堂岳に引き続いての石見堂岳の山スキーツアーであるが、石見堂岳の山頂からは北東尾根を下って行き、最後は月山道路の途中の国道112号線に至る、行程的には結構長い縦走となる。参加者は全部で9名。前回、赤見堂岳の下りで苦労していた山スキーの初心者であるK氏は、次回からは絶対にスノーシューに転向するのだと盛んに嘆いていたのだが、今週もまた山スキーでの参加となった。エキスパート向きのスキーツアーを続けているうちにK氏もかなり慣れてきたのだろうか。山スキーはやはり習うより慣れの世界のようである。
石見堂岳へは大井沢の桧原集落から県道を少し北に進み、小桧原川左岸から尾根に取り付くことからはじまる。登りはじめは急斜面のためにスキーを担ぎ、少し斜度が弛んだ地点からシール登高の開始となった。先週並みの好天を期待していたら、午後からは雨か雪が降り出す予報が出ているのが少し気にかかったが、取りあえず高曇りの空が広がっており、午前中は持ちそうな雰囲気に予定通りの決行となる。
気温が高いのでシールワックスをたっぷりと塗り、スキーのダンゴに備える。快適な尾根歩きだったが、湿った雪が重くラッセルが結構つらい。人数が多いので短時間で交代しながら高度を稼いでゆく。30分ほど経ったところで、メンバーの一人が早くもリタイヤとなった。正面奥には赤見堂岳の白い稜線が見える中、右手には月山、姥ガ岳、湯殿山を眺めながらの楽しい登りが続いた。雪山は少し登っただけで、夏山には見ることのできない光景が広がるのだから楽しい。しかし951m峰が近づくあたりから雲行きが怪しくなり、先ほどまで見えていた月山や湯殿山もいつしか見えなくなっていた。そうしているうちに、一緒に山頂をめざしていた西川山岳会の重鎮、E氏までが951m峰を前にして早くも下山することになった。E氏は午後から所用があるので始めから山頂は無理だろうということだったが、足の調子もいまひとつらしかった。
951m峰を越えると森林限界となり、雨混じりの雪が降り始めてくる。さらに風も加わったため、周囲はさながら厳冬期の様相を呈し始めていた。吹雪で周囲のブナ林も見えなくなる中、最後の急坂直下で、行動食などを食べながらエネルギーを補給する。そこから石見堂岳までの標高差はそれほどなかったが、風雪が吹き荒れる中の登りとなり、顔も上げていられないほどになった。
歩き始めて約4時間余り。黙々と高みに向かって登り続け、ようやく石見堂岳の山頂へ到着した。何も見えない山頂だったが、奥に進むと山頂の目印になっている大きな岩があり、せっかく訪れた山頂ということで全員で記念写真を撮る。しかし休憩するどころの天候ではなく、とりあえずシールをはずして、風の弱い地点まで下ることにする。コンパスで方角を北に振り、150mほど高度が下るとようやく休憩できそうな場所に出た。そこは風もなく穏やかで、山頂の悪天候がウソのような場所であった。吹雪に晒され続けて体は冷え切っていた。あまりに寒いのでアルコールという気分では無かったが、ツェルトを設営し、横一列になって休んでいると、次々とビールやワインが回ってきた。30分ほどすると次第に霧も晴れてゆき、朝方のようなすっきりとした視界が戻ってきていた。
休憩を終えるとわずかに登って目前の1133m峰に立ち、からこれからのコースを確認する。月山の山麓を走る国道112号線がはるか彼方に見えていて、山スキーでなければ目眩がしそうなほどの距離がまだまだ残っていた。さらにゴールまではまだまだアップダウンが続くようであった。
視界の不安もなくなってしまうといよいよ楽しみの滑降開始となる。しかし、いざ下り始めると、昨日の湿った雪のためにスキーはほとんど滑らない。まるでシールを張っているかのようなブレーキがかかり、直滑降でもスキーがすぐに止まってしまうのには閉口するばかりで、今日の雪質は最悪であった。
1011m峰から鞍部に下って行くと、大勢のスノーシューによるトレースが突然出現して驚いた。この山域には訪れる人などまずいないだろうと考えていただけに、この不意に現れた多数の踏跡には面食らうような感じがした。どうやら地元の山岳ガイドによる石見堂ツアーの団体がこの地点までトレッキングにきたようであった。しかし、このトレースがあったおかげで下りは思いの外、快適に下って行くことができたのは幸いであった。登り返しも下りのスピードの勢いもあって、ほとんど登る必要がなくなったのである。868m峰からは右手に直角に折れ、最後の786m峰まで下ると国道112号線がもう間近に迫っていた。ここからの急斜面はそれなりにスキーで滑ることができたものの、湿雪によるブレーキがかかり、快適な滑降とはほど遠いものだった。しかし、一方ではこの時期にしかたどれないルートを今週もまた楽しむことができて、私は充実した思いに満たされていた。月山道路へと落ち込むヤセ尾根を一気に下ってゆくと、国道112号線の大越川橋まではまもなくであった。