さっそくシールを貼って登り始めるとすぐ上が母成峠の駐車場であった。少し北東方向に進み、左手斜面の明瞭な切り開きをジグザグに登って行く。切り開きは幅が20mほどもあり、森林の防火帯になっているようであった。堅くクラストした雪面にうっすらと新雪が積もっていたが、樹林帯に入ると雪は柔らかく、膝下までもぐった。このコースは山頂までの標高差が約600mとたいしたことはないのだが、なだらかな地形が続くために距離は結構長い。小さなアップダウンもあるのでどちらかというとクロカンスキーに向いているようであった。しかし、滑りが苦手なカミさんにとってはちょうど良い山スキーコースともいえそうであった。
雪は徐々に深くなったものの、それでもスキー靴程度のラッセルである。上空を相当強い風が流れているのか、絶えず風のうなり声のようなものが聞こえていたが、樹林帯が風を遮ってくれるので、歩いている分には快適なシール登高であった。まるでスキー場のゲレンデのような切り開きはその後もしばらく続いた。登りはじめこそ雲が多かったものの、2時間も歩くと眩しいくらいの青空が広がりだし、前方からは真っ白い和尚山が望めるようになる。まもなく切り開きも終わると周りは樹林帯となり、沢状の窪地を横切ると見事なブナ林が広がるようになった。地形図で確認するとそこは1427m地点への急斜面の直下付近であった。ひたすらラッセルに精を出していたが、すでに3時間歩き続けてもまだ行程の半分しか到達していないと知りがっかりした。そして、正午をとっくに過ぎていることにあらためて気づき、船明神山まではまだ先だったが、ここで昼食を取ることにした。天候の心配はなさそうなので、ブナ林を見下ろしながらの休憩も、と思ったのだが風はやはり冷たく、結局ツェルトをかぶっての昼食となった。コンロに火が入り室内が温かくなると、ようやく気分が落ち着いた。陽射しはあっても体はかなり冷えているようであった。
休憩後は急斜面をジグザグに登ってゆく。この付近は膝までのラッセルだったが唯一滑降を楽しめそうなところだ。一段高みに登ると背後の展望が効くようになった。青空と雪の白さが眩しく、まるで4月頃の春山を感じさせた。振り返れば磐梯山や裏磐梯の湖沼群が見えた。再び樹林帯に入って行くと、ブナの木につけられた、赤く大きいペンキ印が目立つようになる。まもなくその樹林帯を抜けると荒涼とした森林限界に出た。ここはすでに山頂部の一角であり、前方には船明神山が見えた。しかし、ここからはすさまじいまでの風が吹き荒れており、シュカブラの堅い雪面をさらに進もうとしたものの、二人とも吹き飛ばされそうになる。今日の風でこれ以上進むのは危険であった。山頂まではもういくらもなかったが、タイムリミットと決めていた14時を過ぎていることもあり、山頂は断念することにした。カミさんにしても5時間近い登りは限界のようであった。とりあえず写真だけ撮り、逃げるように樹林帯まで戻った。
シールを外せばいよいよ滑降の始まりだ。今日は登りの行程が長かっただけにこの開放感がたまらない。しかし、急斜面はそれなりに深雪の滑降が楽しめたが、距離はいささかもなく、あまりのあっけなさに拍子抜けのような気分であった。なだらかな雪原ではスキーはあまり走らず、ほとんど自分たちのつけたトレースをたどった。下っていると、先ほどの山頂部での悪天候がまるでウソのように晴れ間が戻っていた。霧氷に覆われた樹木は、まるで白い花が一斉に咲き競っているかのような華やかさがあり、その美しい風景は見ていて飽きることがなかった。防火帯の切り開きからは斜度がさらに緩くなり、そこからはほとんど直滑降で下って行く。小さな登り返しに少々うんざりしていると最後の急斜面は目前であった。