越沢の集落から林道を2kmほど入った駐車スペースには、庄内ナンバーと新潟ナンバーの乗用車が2台だけ駐車中であった。10月最後の週末ということで今日の摩耶山は、かなり混み合うのではと思っていたのだが、意外と閑散とした登山口にいささか拍子抜けのような気分である。朝露のために登山道はだいぶ濡れていて、最初から二人ともスパッツをつけた。登山口から杉林の中に入って行くとしばらく平坦な山道が続き、まもなくすると右手からはウノスの倉とカジ倉の断崖絶壁が現れる。ちょうど盛りを迎えた紅葉が岩壁に張り付いているといった感じで、夏山とは比較にならないほどの美しい風景に感嘆しながら歩いた。小浜ノ茶屋跡からは渓谷沿いの登山道を15分ほどで婦女子ノ滝に着く。ここは深山幽谷といった雰囲気が漂い、その幽玄さには思わず佇んでしまうところだ。流れ落ちる水流は夏場より少なくはなっていたが、それでも見事な景観にカミさんは感激している。マイナスイオンをたっぷりと浴びながら垂直に掛けられた鉄バシゴの登りに取り付く。このコースの難所ともいえる箇所だが、カミさんは気後れもせずに割合に平気に鉄バシゴを登って行った。見上げると色鮮やかな潅木が付近一帯を包んでおり、紅葉はこの婦女子ノ滝付近が一番美しいようであった。難所のハシゴ場を越えると、そこからは急坂の連続となる。適度に陽射しも降り注ぐ中の、急登の連続にたちまち汗が噴き出し、途中からは半袖一枚になった。
登るにつれて落葉した木々が多くなり、徐々に晩秋の色合いが濃くなってゆく。落葉を踏む、サクサクとした心地よい音が山間に響いた。標高900mを超える辺りから、薄曇りとなって一時陽射しが陰ったりしたが、天候が崩れる気配はなかった。途中で何回か休みながらも順調に高度を稼ぎ、摩耶山には2時間30分で到着した。すでに3組、4人の登山者が休憩中で、そのうち3人は越沢口から登ってきた人達で、一人は関川口からの人であった。山頂の片隅にはいつのまにか新しい展望盤が設置されてあった。三角点に立つと、正面には冠雪した月山が大きく聳え、鳥海山はうっすらと北の空に浮かんでいる。月山からは赤見堂岳、障子ガ岳と稜線が続き、以東岳の大きな山塊へと朝日連峰が連なっていた。また倉沢コースを見下ろすと、紅葉が段階的に変化している様子が一望でき、まるで美しい紅葉のグラデーションを見ているようであった。
私達は山頂の一角にビニールシートを広げ、カミさんには味噌汁を作り、私はコーヒーを淹れてしばし昼食タイムとする。休んでいる間に、越沢口から登ってきた人たちは早めに下ってゆき、山頂には私達と関川から登ってきた地元の人だけが残った。この地元氏はイヌワシの撮影にと、500mmの大きな望遠カメラや三脚などを山頂まで担ぎ上げていた。肝心のイヌワシはまだらしかったが、鎗ガ峰の斜面で一頭の熊を少し前に見かけたといい、双眼鏡でしきりに周囲を探っていた。大きな翼を広げ、山間部を雄大に飛ぶイヌワシの姿は、想像するだけで胸が高鳴ったが、結局、私達が下山するまで姿を現すことはなかった。今日の摩耶山の山頂は、文字どおり、小春日和の陽射しが降り注ぐ、風もなく穏やかな山頂であった。
下山は昨年と同様に関川コースをとる。「厩山(まやさん)の奥の宮」や「六体地蔵尊」を過ぎると、まもなく数カ所で根こそぎ倒れているブナの倒木が目立った。今年の台風の影響だろうが、まだまだ元気そうな大木が無惨な姿で何本も倒れており、自然の猛威にはあらためて驚かされるばかりだった。避難小屋を過ぎると勾配は急になだらかとなる。この付近は、いかにも初心者コースらしい雰囲気に包まれたところで、歩いていても気持ちの良い登山道だ。追分からは右手の本道コースへと折れて、しばらくは再び急坂の下りが続いた。しかし、道はしっかりしているのでここも安心して歩ける山道であった。まもなく小浜ノ茶屋跡に着くと往路の中尾根コースと合流する。まだ午後の2時半を過ぎたばかりなのに、いつのまにか陽射しは薄雲に遮られてしまい、辺りはすっかり薄暗くなっていた。今にも雨が降り出しそうな空を見上げながら、私達は渓谷沿いの道を急いだ。