山形から金沢まではかなり遠く、北陸自動車道を夜通し車で走り続けて、登山センターのある市ノ瀬に到着したのは、東の空もまもなく薄明るくなろうとする朝方であった。市ノ瀬から別当出合までは、この時期マイカー規制があるのでシャトルバスで行くつもりだったが、この日は意外にも規制の解除日だったらしく、別当出合の駐車場までは難なく車を走らせることができた。しかし駐車場は平日にもかかわらずほとんど満車状態で、真っ暗な中、空いているスペースを探すのに苦労した。
1時間弱の仮眠から覚めると周りはすでにかなり明るくなっており、多くの登山者達が登る準備を始めていた。登り口には案内板が立っていて、それによると別当沢にかかる吊橋工事のために砂防新道は通行止めとなっていた。ガイドブックに従って砂防新道から観光新道を周回するコースをとる予定だったが、今回は観光新道を往復するしかなさそうであった。別当出合の駐車場から400mほど歩くと休憩所に着く。休憩所は広場となっていてきれいなトイレもあり、私達はここで朝食を済ませることにした。
新しく掛け替えられた吊橋を右手に見ながら観光新道へと進む。まだ日の出前なのでひんやりとした空気が辺りに漂っている。しかし1時間も歩くと真夏の強い日差しが背中に降り注ぎ、たちまち汗が流れ始めた。たくさんの登山者がいたが私達は次々と追い越してゆく。途中の殿ガ池ヒュッテからは徐々に勾配がきつくなってジグザグ道となった。この付近からハクサンフウロやイブキトラノオ、メタカラコウ、キンバイソウなどの花々が目立ち始め、立ち止まっては写真を撮ったりしながらのんびりと登った。東北の山ではあまり見かけない花も数多く咲いていて、この白山はまさに高山植物の宝庫のようであった。まもなく南竜山荘や甚之助避難小屋からの道が合流する黒ボコ岩に到着した。室堂まではもう900mである。黒ボコ岩からはすぐに弥陀ヶ原の湿原地帯に出た。ここも花の群落が広がっているところで、正面には御前峰が眺められ、左手にはまだ雪渓が多く残っていた。室堂まではもうまもなくであった。
室堂平にはいくつもの施設が立ち並び、多くの登山者が休憩中であった。ビジターセンターには郵便局や生ビールの販売まであって、広々とした空間はまるでホテルのロビーを思わせる。建物を抜けると正面には御前峰をバックに白山奥宮祈祷殿が建っていた。この室堂では私達ものんびりと休憩をとってから山頂に向かった。祈祷殿の前を通過して青石や高天原を越して行くと、五葉坂の急坂となる。振り返ると室堂の赤い屋根がだんだんと小さくなって行く。時間的には短い登りだったが、足が少しずつ重くなっていた。白山比眸神社奧社の建つ御前峰には10時前に到着した。奧社の裏手が一段高くなっていて、そこが三角点のある御前峰の頂上であった。近くには展望盤があったが、多くの人に触れられてすり減ったのか判読できなくなっている。ここまで休憩時間もいれて4時間30分。予想よりも大分早く着いてしまったので、ここでは大休止をとることを宣言し、早速ザックからビールを取り出した。まだ昼食には早かったが、百名山巡りの安全を祈りながら3人で乾杯をする。霞がかかったような状態で遠望はあまり効かなかったが、ここは遮るものがない360度の展望が広がり、北アルプスの山並みを眺めていると、はるばると遠方まできたことをあらためて思い、感慨深いものがあった。2702mの高山だけあってさすがに山頂は涼しい風が吹き渡り、下界の暑さとは別世界であった。
休んでいる間も疎らながら途切れなく登山者が登ってきたが、1時間以上も昼寝をしている間に、いつのまにか誰もいなくなってしまった。気温が上昇したためかガスが次から次へと湧き出していて、正面の大汝山や右手の剣ガ峰はすっきりとは見えなくなっていた。御前峰からはお池めぐりのコースをとる。ガレ場を下って行くとなだからな山道となり、ここもイワカガミ、チングルマ、ハクサンフウロなどの高山植物が多いところだった。血ノ池分岐からは近道もあったが、右手のお花畑コースから室堂へと下って行く。万年雪の残る千蛇ヶ池付近ではクロユリの群落を見つけ写真を撮る。私には月山で見かけて以来のクロユリであった。室堂に戻ると広場はさらに多くの登山者達でいっぱいになっていた。トイレや水汲みのための小休止を取ってから下山を開始する。下るに従って晴れるかも知れないと思っていたのだが、広がりだしたガスは一向に治まる気配はなかった。下りでは展望をほとんど楽しむことはできなかったが、その分、日射しが遮られて歩きやすかった。今日は土曜日ということもあってか次々と登山者が登ってくる。ファミリーやツアーの団体も多く、今日の山小屋は混みそうであった。汗だくとなりながら別当出合の休憩所に戻り、約10時間の白山の山旅が終わった。
翌日の荒島岳に向かう途中、白峰温泉で汗を流し、夕食は大野市内で済ませた。勝原スキー場の駐車場に着いた時は夕暮れになっていた。駐車場には車は1台もなく、静かなテント生活を過ごせるはずであったが、蚊の襲来には悩まされ、蒸し暑さも加わって寝苦しい夜であった。