山 行 記 録

【平成16年6月18日(金)〜19日(土)/飯豊連峰 ダイグラ尾根〜梶川尾根



大日岳をバックに烏帽子岳を登る高城夫妻
ようやく展望が広がった頃


【メンバー】単独(二日目は同宿した高城夫妻と行動を共にする)
【山行形態】ピッケル他、夏山装備、避難小屋泊
【山域】飯豊連峰
【山名と標高】飯豊山2,105m、御西2,013m、烏帽子岳2,018m、梅花皮岳2,000m、北股岳2,025m
【天候】18日(曇り時々晴れ)、19日(曇り後晴れ)
【行程と参考コースタイム】
(18日)天狗平6:00〜桧山沢吊橋6:50〜長坂清水8:15〜休場ノ峰9:00-10〜千本峰9:55〜宝珠山標柱11:40
    〜飯豊山13:45-14:15〜御西小屋15:20(泊)

(19日)御西小屋5:20発〜御手洗ノ池6:30〜烏帽子岳7:40〜梅花皮岳8:15〜梅花皮小屋8:30-8:50〜北股岳9:20
    〜門内岳10:15〜扇ノ地紙10:45〜梶川峰11:25〜五郎清水11:50-12:30〜湯沢峰13:30〜天狗平14:50

【概要】
5月初めの石転ビ沢からすでに1カ月以上経っている。久しぶりに長いコースを歩きたくなり、飯豊のダイグラ尾根を登ることにした。このところ体調がいまひとつのために、はじめは石転ビ沢を登ってダイグラを下ることも考えたが、やはり登ってこそのダイグラ尾根。ゆっくり登ればなんとかなるだろうと思い直した。ザックを少しでも軽くすることにして、アイゼンは出発直前になってカットしたが、雪渓の通過を考えてピッケルだけは最低限持つことにした。平日ということもあり、飯豊山荘の駐車場には5台ほどしか留まっていなかった。

久しぶりに歩く温身平は深緑がいっそう深みを増していた。今日は雨こそ降らないものの上空には雲が多く日差しはなかった。一週間も続いたピーカンは昨日ですでに終わったようである。奔流が渦巻く桧山沢の吊橋を渡り、尾根に取り付くとしばらく急登が続いた。たちどころに汗が流れはじめたため、メガネは外し頭にバンダナを巻く。振り返ると烏帽子岳へと突き上げるクサイグラ尾根が見えたが飯豊の主稜線は雲に隠れてほとんど見えなかった。いくらか装備を省いたとはいえ、今日のザックはずっしりと重く肩に食い込んだ。ペースも自然とゆったりとしたものになり、取りあえず休場ノ峰をめざそうとそれだけを考えて登った。池ノ平ではイワカガミ、タムシバのみが咲いている。ここはいつまでも雪渓が残り、登山道を塞いでいるところだが雪はどこにも見あたらない。8時15分、長坂清水を通過し、休場ノ峰には9時ちょうどに到着した。見上げれば宝珠山のピークが何とか見えるだけで、飯豊本山や御西の稜線は厚い雲に覆われたままであった。

この休場ノ峰までは900m登ったことになり、飯豊本山までの標高差は残り800mである。たいしたことはなさそうだが、これからのほうがはるかに時間を要するので、気分的にはまだ緒に就いたという感じでしかない。いくつものアップダウンを繰り返しながら、まだ5時間以上登り続けなければならないのだと思うと気が遠くなった。小休止後、気を取り直して休場ノ峰を出発した。しばらくすると早くも下りの二人組に出会う。昨日、本山小屋に泊まったという人達で、二人は途中の雪渓の通過にかなり難儀したらしく、相当疲れている様子だった。雪渓を踏み抜いたり、雪庇が崩壊したりと遭難すれすれの行動が続いたとかで、本山からここまで5時間もかかったのだと、二人とも疲労困憊の表情で話してくれた。雪渓の状態が特に悪いところは1800m付近というから、ちょうど宝珠山あたりだろうか。この二人からは相当慎重に通過するようにと何度も忠告をいただいた。

千本峰付近はハクサンチドリ、マイズルソウが多かったが、1500mを超えるとシラネアオイ、カタクリ、イワウチワ、ショウジョウバカマ、ゴゼンタチバナなどが目立つようになった。宝珠山が正面に大きく望むようになる頃はヒメサユリも多くなる。ヒメサユリはまだ蕾が大半だったが、それでも数だけは多く、それはほとんど群落という感じである。夏道に雪渓が現れるようになると、先ほどの二人の忠告を思いだし、途中からピッケルを抜いて必要ならばいつでも取り出せるようにした。たしかに雪は堅く締まっているのでキックステップはほとんど効かず、登りも下りもかなり慎重さが要求されるところだ。勾配がきついところはカッティングをしながら乗り越えた。

足の疲れに加えて精神的にも疲れを感じていた。宝珠山手前でどうにも動けなくなり、ザックを下ろして少し休んだ。この辺りは急斜面の連続なのでいつも長めの休憩をとるところだ。周囲はガスに覆われているが気温は高く、じっとしているだけで汗ばむほどであった。宝珠山のピークまでは急勾配の雪渓が遅くまで残るところだ。ここはかなり注意が必要な箇所だったが、先ほどの二人の助言もあっていつもより慎重に一歩一歩を刻んでゆく。危ないところは遠回りになっても潅木をつかむようにして安全策をとった。今回のダイグラ尾根では気を抜けるところがほとんどなく、こうして一つ一つクリアして行くしかない状態であった。宝珠山のピークを下り、少し先の岩稜帯で一服とする。いつもならば御西から北股岳へと連なる主稜線の眺望が素晴らしいのだが、雲の中に突っ込んだらしく、今日はほとんど展望がなかった。晴れるどころか霧はますます深くなっており、前方の御前坂さえ霞み始めていた。気分は沈みがちだったが、途中で見つけたハクサンコザクラとイワカガミの小さな花々には、ふっと気持ちが和むようであった。

宝珠山からの最低鞍部から雪渓を乗り越えて行くといよいよ御前坂だ。この頃になると薄雲から青空が透けて見えそうなのだが、なかなかすっきりと晴れることはなかった。夏道に上がると後は南斜面となりようやく緊張感から解放された。ところがここからの登りで足が攣ってしまいしばらく動けなくなる。意識してペースを落としたはずだったが足の筋肉はもう限界なのかもしれなかった。飯豊山荘から歩き始めて7時間45分。最後はヨレヨレの状態で飯豊本山に到着した。しかし今回も登り切ることが出来たという満足感でいっぱいになる。登ってみればいつもの所要時間であった。御西小屋まではもう1時間も歩けば着くのだと思うこの開放感がたまらなくいい。残念ながらガスで何も見えず、山頂からの展望はなかったが、静かな山頂に腰をおろして一息をつくこの時間は至福を感じさせた。しかし福島側から吹き付ける風はさすがに強く、汗まみれのTシャツはたちどころに冷えて行く。長袖のシャツを羽織って山頂にしばらく横になって眠った。

山頂で30分ほど過ごしてから御西小屋に向かった。駒形峰を過ぎ、ミヤマキンポウゲ、ミヤマキンバイなどが咲く夏道をしばらく進むと玄山道分岐からは雪上となる。この辺りはほとんど地形が平坦なため、今日のように霧が深いときは迷いやすいところだ。草月平付近はハクサンイチゲの群落が見事だった。途中、雪渓で夏道が分断されているところがあり、そこで雪解け水を水筒に汲んだ。この時期はまだ小屋の水場が使えない筈なのでこんな水でも取れるだけありがたい。御西小屋到着は15時20分。周囲は相変わらずガスに覆われていて小屋が突然目の前に現れたという感じだった。小屋は誰もいなくひっそりとしていた。ザックを下ろし早速夕食の準備を始める。缶ビールを飲みながらゆっくりと食事を始めたが、一人だとすぐに終わってしまい、その後はシュラフにもぐって横になった。

しばらく眠っていると人の気配で目が覚めた。新たな登山者が小屋に入ってきたところであった。東京から来たという二人は名前を高城さんというご夫婦で、早朝から石転ビ沢を登って、一気にこの御西小屋まできたらしかった。飯豊は初めてらしかったが、烏帽子岳、御西間の夏道はほとんど雪渓に隠れているはずなので、ガスで視界がほとんどない悪天候の中、この御西小屋までよくきたものだと感心するばかりであった。小屋はまだ5時を過ぎたばかりとは思えないぐらい薄暗くなっていた。夏至が近いというのに日差しがない小屋の中はまるで日没後のようであった。私はその後ラジオを聴きながらいつのまにか眠ってしまった。

翌日、強い雨が小屋の屋根を叩く音で目が覚めた。4時に起床して外に出てみるとガスが充満して回りは何も見えなかった。立っているだけで霧雨にたちまち被服が濡れてくる。高城さん夫妻は大日岳を往復してから本山小屋にもう一泊する計画だったが、この悪天候を見てあきらめたらしく、私と一緒に梶川尾根を下ることになった。そそくさとした朝食を終え、ザックをまとめ外に出ると濃霧に加えて雨が再び降り出していた。小屋からはまもなく雪上となり、途中で上下とも雨具を着る。視界がほとんどないので努めて雪渓の端を歩いた。天狗ノ庭付近では一時夏道に出たが、しばらく歩いているうちに再び雪上へと戻った。しかし、この豊富な残雪のおかげで小さなアップダウンを気にすることもなく、どこでも自由に歩けるのだからこの時期は楽しい。願わくは青空の下をこの稜線歩きができればなあと思うばかりだった。

御手洗ノ池の標注がでていたが、雪渓が池の一部分をまだ隠していた。視界が晴れてきたのはこの辺りからであった。予報に反して霧は少しずつ晴れだし、やがて大日岳も見えるまでになる。これはうれしい誤算であった。展望が広がると心まで晴れ晴れとし、行く先々で写真を手当たり次第に撮った。所々にウスユキソウが風に揺れ、烏帽子岳の斜面はハクサンイチゲの大群落となっていた。雪上を歩いていると、早朝、梅花皮小屋を発ち、これから切合小屋まで向かうのだという一人の登山者とすれ違う。やがて雪渓を大きく右に回り込むようになるとようやく夏道が続くようになり、急坂をひと登りすれば烏帽子岳だった。烏帽子岳の山頂ではザックをおろしてしばらく足を休めることにした。山頂にはミネザクラがまだわずかに残っている。好天の兆候が確実になってみると、道は少しも急ぐ必要がなくなり、3人でのんびりと過ごす時間は楽しいばかりであった。

梅花皮小屋の水場に立ち寄り水筒に水を補給する。水量は細かったが相変わらず冷たくておいしい水だ。梅花皮小屋で一服後、北股岳へ向かう頃には霧も晴れて、上空には青空がのぞいている。気温はかなり高くいつのまにか快適な山日和となっていた。石転ビ沢を見下ろすと草付が少し出ている程度で雪渓はまだ大量に残っている。出合の方はかなり少ないようでも山頂直下はいつもの6月頃の残雪状況であった。

北股岳の山頂直下には遅くまで雪渓が残るところだが登山道はすべて夏道であった。北股岳では360度の展望が広がっていた。悪天候を予想していたのにこの大展望は文句無しにうれしい。振り返れば飯豊本山から大日岳までのスカイラインが鮮明で、縦走路の北端には名峰、杁差岳も見えている。今朝発ってきたばかりの御西小屋は、すでに稜線のはるか彼方であった。北股岳からはなだらかな起伏を楽しみながらの快適な稜線歩きであった。爽やかな風と時々のぞく青空を眺めていると朝方の悪天候が信じられないほどだった。門内岳付近は一面ハクサンイチゲのお花畑となっていて、他にはチングルマ、キンポウゲ、イワカガミ、ハクサンイチゲなども多く、初夏の飯豊連峰は百花繚乱といった様相を呈していた。

扇ノ地紙からは縦走路を離れて梶川尾根へと下ってゆく。この区間も可憐な高山植物が多いところで、チングルマやイワイチョウ、ハクサンチドリが盛りであった。中にはヨツバシオガマが早くも咲き始めていた。しかし展望が楽しめるのも梶川峰までで、トットビ沢源頭の雪渓を下るとほとんど樹林帯となる。いつもならばかなり下まで雪が残るのだが今年は大方消えているので、滑落や迷うような心配はなさそうであった。この付近にはサンカヨウやエンレイソウ、ツバメオモトなどがみられた。途中、梅花皮大滝を眺めながら下り、五郎清水では昼食をとりながら大休止をとる。水筒が底をついていたので水場へと下ってみると、まだ雪渓の雪解け水しか取れなかった。

五郎清水からはほとんど風がなくなり、夏のような暑さに汗が流れ続けた。しかし長い梶川尾根も湯沢峰まで下れば残りの標高差もあと600mあまりとなる。御西小屋を出てからすでに8時間。歩き出したときははるか先のように思えた終点がもう手の届く距離まで近づいていた。高城夫妻もかなり疲れていた様子だったが、さすがに一日で御西小屋まで歩くだけあって健脚そのものであった。やがて湯沢の流れる音が大きくなると眼下に飯豊山荘が見えてくる。ロープのある岩場を慎重に下れば駐車場はもう目前であった。

単独であれば、ただ黙々と歩き、そして下るだけの二日目が、こうして一緒に歩いてくれる同行者がいたおかげで、楽しい稜線歩きができたのは幸いであった。感謝しつつ高城夫妻とは飯豊山荘前の駐車場で別れ、充実した飯豊連峰の二日間が終わった。



ダイグラ尾根 宝珠山付近



御西付近のお花畑を歩く



烏帽子岳付近から見る二王子岳と胎内尾根




ハクサンイチゲと二ツ峰


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