駐車場から林道を歩いてゆくとネズモチ平の登山口まではちょうど10分だった。ここから山道に入り最初はなだらかな道をだらだらと歩く。滔々と流れる小沢で水を汲み、対岸に移るとそこからは徐々に勾配が増した。このコースは距離こそ短いのだが、ブナ林の急坂が延々と伸びているという感じだ。カミさんは朝から体調が悪かったということもあるのだが、急勾配の登りに疲れたのか次第に遅れ始めたため、意識して休憩を多めにとりながら山頂をめざした。道端にはイワカガミ、ツバメオモト、ミツバオウレンが咲き、ところどころにはカタクリの群生が見られる。こうした花々を愛でながらのんびりと登るのは楽しい。途中までは樹林帯のために視界がなかったが、高度が増すにつれて次第に展望が広がってくる。振り返れば、眼下に広がる眺望はもちろんだったが、ずっしりとした量感をもった守門岳が背後にそびえており、その豊富な残雪と新緑とのコントラストには感激するばかりであった。
今日は日焼けが心配になるほど強い陽射しが降り注いでいた。長い急坂に汗を搾り取られながらも、ようやく稜線が目前となる。前岳の直下は厚い残雪におおわれていた。ここは桜ゾネ登山口と鬼ガ面山方面からのルートが合流するところで、雪渓の上を大勢の登山者が行き来している。雪渓の左手奥はすぐ浅草岳で、山頂に立っている大勢の登山者が見えた。雪渓から山頂直下の湿原までは木道が敷かれていて、この付近はいかにも高山に登ってきたのだという雰囲気が漂っている。山頂まではもうひと登りだ。湿原に設置された広い木製のベンチでは大勢の登山者が休憩中で、中には横になって昼寝をしている人もたくさんいた。私は湿原の小さな雪渓でビールの入ったビニール袋に雪をつめて最後の坂を登った。
山頂到着はちょうど正午であった。一等三角点のある山頂からの眺めは最高で、360度の大展望が広がっていた。満々と水を湛えた田子倉湖の後方には会津朝日岳や会津駒ヶ岳の山々、そして鬼ガ面山の奥には遠く越後三山や荒沢岳、燧ヶ岳までが一望である。もちろん右手をみれば守門岳が鎮座しており、私にとってはみんな懐かしい山々であった。私達は山頂の一角で銀マットを広げて昼食を始めたが、風のない蒸し暑い山頂に耐えきれなくなり、湿原まで戻って休憩をすることにした。ここでは雪渓を渡ってくる風が実に爽やかで、横になるとすぐにうつらうつらしてしまった。
横になりながら眺めているとまだまだ登ってくる人も多く、目の前の木道を登山者が次々と通り過ぎて行く。好天に恵まれたこともあって、みんな春の浅草岳を思い思いにのんびりと楽しんでいる様子だ。ここでは時間がゆるやかに流れているようであった。心配していたカミさんの体調は、のんびりと休憩をしている間に、いつのまにか元の状態に戻っていた。下るのが惜しくなるような浅草岳の山頂だったが、午後になると太陽が少しずつ傾きかけており、心なしか遠方の山々には霞がかかり始めている。ベンチの周辺が再び賑やかになったのをきっかけに後かたづけを始め、ザックのパッキングを終えると私達はゆったりと下山を開始した。