車2台で姥沢に戻るとさっそくツアーの開始だ。姥沢のリフト乗り場は春スキーを楽しむ多くの人達で混雑を極めていた。リフト上駅から柴灯森までは約1時間。いつものコース取りで金姥に向かうと今回のコースの最高峰、柴灯森はもう目の前であった。今日はほとんど登りらしい登りがないので何となく拍子抜けのような気がしないでもない。柴灯森付近ではすでに登山道があらわになっていてすっかり夏山の雰囲気さえ漂っていた。柴灯森からはシールをはずして早くも滑降の始まりである。目前に聳える1619m峰までは一見吊り尾根のようなヤセ尾根だ。いくらか丸みを帯びた雪稜を柴田氏と山中氏が先頭を切ってかっ飛ばしていったが、稜線の両側は急勾配となって切れ落ちており、後続組は慎重に滑って行く。良く見るとスキーの踏跡がかなり散乱していて、今日このルートを下った人も大分いるようであった。
1619m峰は広い山頂になっていた。このピークは品倉尾根の盟主ともいえそうだが、月山や姥ケ岳、湯殿山といった横綱級の山々の中にあっては、悲しいかな、ほとんど語られることのない無名のピークである。しかしここから四方に広がる抜群の展望には感激する。広々とした台地のような雨告山が眼下に広がり、そしてその右手には秘境、西普陀落があるのだと柴田氏が説明してくれる。普段見慣れない方角からの姥ケ岳や湯殿山も眺めていると興味が尽きなかった。月山山頂から北方に延々と伸びるなだらかな尾根は先日の北月山荘を思い出すところだが、真正面に見える八合目のレストハウスはまだ半分以上雪に埋もれていた。
1619m峰からはコース取りを決めなければならない。品倉山に向かって稜線通りにゆく品倉尾根本来のコースと右手にひろがる大斜面を滑降してゆく北尾根コースだが、私達は迷うことなく適度な中斜面が広がる北尾根を下ることにする。この二つの尾根を挟んで濁沢が品倉尾根に沿って伸びている。沢沿いに下れるかどうか途中でのぞいてみると急峻な斜面が沢底へと落ち込んでおり、無理すれば降りることも可能と思われたが、今回、山スキーが初めてという人もいることを考えると冒険はできなかった。まるでスキー場のような大斜面にみんな我先にと一斉に飛び込んで行く。鳥海山はうっすらとしか見えなかったが、正面に庄内平野を見おろしながらの滑降は快適であった。このままではあっというまに湯殿山のスキー場に着いてしまいそうなので1309m峰で大休止をとる。ここも広々とした緩斜面が広がっていて、まるで蔵王の上ノ台ゲレンデを思わせるところだ。陽光の降り注ぐ大雪原での憩いのひとときは至福を感じさせた。南方に対峙する品倉尾根にも何人かの人達が同じように休憩しているのが見える。人の気配を察知したのか、すぐ近くの急斜面を一頭のカモシカが足早に移動していた。ここはいつもの見慣れた月山とはひと味もふた味も違う桃源郷のような場所であった。
休憩後は尾根通しに下ってゆく。途中で湯殿山スキー場から登ってきたという夫婦連れに出会い、これから下って行くコースをアドバイスしてもらった。右側に少しルートを変えてからは1085m峰に若干登り返し、天保堰と濁沢との合流点をめざして狭い斜面を滑降してゆく。下るに従い気温は上昇するばかりで、背中や額からは汗が流れはじめていた。濁沢の渡渉地点を通過し、スキー場上部の台地に登ったところで最後の小休止をとる。ここは品倉山の直下であり、数年前の冬にスキーで登ったときのことが蘇ってくるところだ。周辺の風景は私にとって実に懐かしいところであった。そこからは茫漠とした雪原地帯を推進滑降気味に下ってゆくと、杉の植林地のような平原を抜けてスキー場の第2リフトの終点に着く。振り返ると品倉山が堂々としたピラミッド形に聳え立っていた。いくつかの小ピークを連ねた品倉尾根の最奥には1619m峰が見えていたが、しかしそれはすでに遠い存在であった。そこからはゲレンデを一気に下ってゆくとスキー場の駐車場はまもなくである。すでに腐れ始めた雪面はブレーキがかかったりしたが、私は心地よい疲れを感じながら、緩やかな斜面での最後の滑降を楽しんだ。