まるで週末を狙ったように強い低気圧が県内を通過中で今日の天候は最悪であった。黒姫ゲレンデからリフトとロープウェイ山頂線の新しいゴンドラを乗り継いでゆくと、地蔵様が鎮座する山頂は猛吹雪であった。ゲレンデスキーでさえも二の足を踏むようなブリザードだったが、リーダーの判断で今日の蔵王ダム下りを決行することに決まった。体力、足並みの揃ったメンバーだからこそとの判断である。方角を定めてすぐに沢状の斜面を下って行くと、まもなく信じられないくらいの青空が上空に広がった。前方には大東岳や雁戸山も望めるほどにもなっている。どう考えても疑似晴天なのだろうが、下るに従い風も穏やかになるはずなので気分は一気に晴れ上がった。こんな天候だから雪質は極上のパウダーだったが、トップをゆく私は緩斜面のためほとんどラッセル状態である。セカンドから後ろは快適な滑走らしいのだがこの深雪には結構苦労した。標高1400m付近まで下ると左手の尾根に上がって休憩となった。まさか好天のもとで昼食を摂れるとは思わなかったのでみんなの顔にも笑顔が漂う。
尾根に上がると樹林が密集して視界はなくなった。なるべく尾根をはずさずに夏道沿いにすすんでゆくとまもなくブナ林の斜面が現れ、ここにきてやっと快適な滑降が楽しめるようになった。ブナの木をポールに見立ててみんな思い思いに一斉に滑って行く。しかし樹林帯に入ると予想とは裏腹に天候は悪くなる一方であった。快復しそうもない空模様を見ながら、今日はタイミング的に良い時間帯に下り始めたことを喜んだ。ブナ林の急斜面が終わると平坦地となり、やがて標高1040m付近に建つ雨量計に着く。別名「ロボット小屋」はアンテナだけを上に出し、小屋はすっぽりと雪に埋まっていた。ここは休憩場所としては適地なのだが、風雪が激しさを増しはじめており、すぐ近くに聳えるはずの雁戸山は全く見えなくなっていた。雨量計からは鍋倉不動をめざして尾根沿いに下って行く。私のコース取りが悪くて50mほど逸れてしまったが、鍋倉不動はみんな初めてということもあって、わざわざ登り返して見物にゆくメンバーもいた。
鍋倉不動を過ぎ標高880mからは急斜面となる。キックターンや横滑りで凌ぎながら下ればやがてヤセ尾根だ。尾根上には夏道の標識が雪に埋もれて頭だけが出ていた。ここからは尾根をトラバース気味に下って行くはずだったが、リーダーの一言で葉ノ木沢を滑って行こうということになった。ここも深雪の急斜面だったが、まもなくするとすぐに行き詰まってしまった。一部に水流もあり沢が深く切れ込み過ぎているのだ。このまま進むのは危険なため、沢底からはシールをつけて尾根に登り返した。結局、葉ノ木沢を一本滑った形となったが、「これぐらいの登りがなければ山スキーとはいえないねえ」などと、みんなからは軽口も飛び出す。登り着いた尾根は一本西側のためにそこからはシールをはずして隣の尾根にトラバースしてゆく。本来のルートに戻ると尾根をトラバース気味に下ってゆき、途中から右手の沢を滑降して林道に降り立った。そこは夏道の登山口からは少し離れた場所であった。
林道歩きは結構長い。さらに軽い登りなのでスキーで歩いてゆくのは少しつらいところだ。労を厭わずにシールを貼ったほうが賢明なのかもしれなかったが、結局みんなスキーのままトンネルまで登り切った。天候は相変わらず風雪が続いている。振り返っても雁戸山の姿はなく、すぐ近くの蔵王ダムでさえもうっすらとしか見えなかった。トンネルまで来ればようやく下りとなる。悪天候の中を無事に縦走できたという安心感を抱きながらの最後のスキー滑走だった。40分ほどの林道歩きで蔵王ダムの管理事務所に到着すると、入口には大型のバスが私達を待っていてくれた。大幅な時間の遅れがあれば遭難騒ぎになりそうな大荒れの中の蔵王ダム下りだったが、この山奥には場違いなような大きなバスを見て緊張感が一気にゆるんだ。山頂を下り始めてから約5時間。今日の短いようで長い一日が終わった。私達は早速バスに乗り込んで、今宵の宿である坊平高原「野口ペンション」に向かったのだった。