急斜面は雪崩れの危険があるので緊張感が走るところだ。斜面を慎重に登り詰め、時間をかけてやっとの思いで尾根に乗ると胸を撫で下ろした。そこからは雪崩の危険は去ったものの、雪はますます重くなっていて、ペースは少しも上がらなかった。一歩進むのにも難儀しなければならないのだ。ここはほとんど登られることのない尾根なのだろう。ここには手つかずの美しいブナ林が続いていたが、赤布も標識も何もみあたらないところだった。カモシカの踏跡だけが入り乱れていて、何度かそのカモシカのラッセルを借用した。いわばラッセル泥棒である。1159mピークを過ぎてまもなくすると、前方に真っ白に輝く三岩岳が現れた。新雪に覆われたその姿は神々しいばかりであった。
こんな悪雪でも同行の柴田氏が半分以上ラッセルしてくれているので私はずいぶん助けられた。両足は足枷をはめられたように重くなっていたが、あえぎながらもようやくひとつのピークにたどり着いた。高度計と地形図で確認すると1362m峰であった。しかし3時間以上もラッセルを続けたのにまだ全行程の3分の1ぐらいだと知るとがっかりした。それにここからは60mほど下って南の尾根に登り返さなければならない。今日はこのたった60mほどの登り返しがいつになくきつくなっていた。このまま重い雪をラッセルしながら進んでも、今日はとても予定した時間では山頂まで到着出来そうもなかった。すぐに手が届きそうなところに三岩岳が聳えていたが今日はこの1362m峰を山頂と決めてザックをおろすことにした。そうと決まればすぐにビールで乾杯だ。かなりの汗が流れただけに体の隅々まで浸透してゆくようだった。見上げれば恨めしいくらいの快晴の空が広がっており、三岩岳は2000mの山とはとても思えないほど雄大な姿を見せている。せっかく登り切ったピークなのだ。燦々と降り注ぐ日差しを浴びながら、のんびりとした山の時間を過ごした。この1362m峰はいわば三岩岳の好展望台となっていて、太いブナの疎林が広がる気持ちの良いピークであった。
休憩が終わればお待ちかねの滑降だ。しかしさらに気温が増した状況ではさすがに快適な下りとはいえなかった。重い雪にスキーはほとんど走らなくなっていた。スキーの達人の柴田氏もめずらしく転けたりしているからその悪雪ぶりがわかろうというものである。途中の1159mピークからは尾根に別れを告げ、南東に落ちている沢底を下って行く。ここも急斜面だったが、南に面しているだけにターンをしようとしてもスキーはほとんど回らない。私はひと滑りごとに雪と仲良くしながら下った。デブリの上にさらに新雪が積もっているのでスキーが思わぬところで突き刺さったりもした。急斜面が終わるとなだらかな雪原となり、ひと滑りしてゆくとまもなく国道に出た。そこは小豆温泉スノーシェッドの先の温泉施設の前であった。