【平成15年12月1日(月)/摩耶連峰 湯ノ沢岳】
湯ノ沢岳山頂
朝日村の下本郷から西に向かう林道に入ると、湯ノ沢川砂防ダムの堰堤で行き止まりとなった。標識は別になかったが、橋の袂の小さな境界杭らしきものに湯ノ沢岳登山口と書いてある。辺りはひっそりと静まりかえり、大きな堰堤から流れ落ちる水音だけが響いていた。今日の県内はどこも天候がいまひとつで、唯一晴れ間が期待できそうだという庄内地方を選んだのだが、晴れるどころか、霧雨まで降る状況には悄然とするばかりであった。当然ながら車は1台も見あたらなかった。
木の橋を渡って対岸に移り、休耕田を利用した畑の中を歩いて行くと、杉林の入口に「頂上へ」と書かれた小さな看板があった。薄暗い杉林の道をジグザグに登り、尾根に出るとようやく少し明るくなる。狭い登山道の両側にはミズナラやブナの雑木林が続いたが、今はほとんど落葉しているので周囲の見通しはよかった。しかし、今にも雨が降り出しそうな状況には変わりがなく、昼前なのにまるで夕暮れのような薄暗さには、さすがに気持ちは少しも盛り上がらなかった。しばらくすると一合目、二合目といった標識が現れた。
小暗い山道に人の気配がないというのは不安が募った。歩いていると急に動物が樹林帯を駆け下りてゆく音がして、途中から熊避けの鈴をザックにつけた。ヤセ尾根は次第に勾配を増しながら高度を上げて行く。まもなくすると、途上には「御宝前参道」や「清滝大黒天」といった標識も現れ、往時の宗教登山を髣髴とさせた。天候は少しも快復する兆しはなかったが、気温は意外にも高く、汗が止めどなく流れた。五合目からはさらに急坂となり、登り切ったところが692mピークであった。尾根は左へと折れながらさらに高みへと続いている。右手には沢をはさんで大きな母狩山が望め、左手にはV字谷のような湯ノ沢川の源頭部を抱いた、迫力ある湯ノ沢岳がガスに見え隠れしていた。
692mのピークを過ぎると尾根はますます急峻となった。湿った落ち葉に覆われた尾根道は、雨上がりのために滑りやすくなっており、今日は細心の注意を払いながら歩かなければならなかった。しかし、両側がすっぱりと切れ落ちている分、見晴らしはすこぶるよく、陽射しがあれば心地よい稜線歩きが楽しめるところだ。いくつかの小さなアップダウンを繰り返しながら、途中、岩場の鎖場を通過し、さらに滑りやすい急坂を登り切ると九合目の郡界稜線に出た。ここは稜線の分岐となっていて、左手には湯ノ沢岳が見えている。右に下る稜線は母狩山への道で、ブナの木には「母狩山へ4時間」の標識が下がっている。ここからはなだらかな稜線を少し下り、鞍部からはひと登りで湯ノ沢岳山頂に着いた。
朽ちかけた標識と三角点があるだけの静かな山頂であった。潅木が周りを囲んでいるので、夏場の展望はほとんどないようなところだが、スカスカとなった山頂からは朝日村の集落や、北には遠く鶴岡市の街並みが望めた。しかし、遠方の山並みはどんよりと垂れ込める雲に覆われていてよくわからない。かろうじて月山の山頂部分だけが雲の上から頭を出しているだけで、鳥海山や朝日連峰は見えなかった。山頂はさすがに気温が低く、汗だらけの体はたちどころに冷えてゆく。身を切るような膚寒さは間違いなく氷点下で、鉛色の暗い冬空を見ていると寂しさが募るばかりであった。陽射しに恵まれれば、のんびりと展望を楽しめそうだったが、落ちついて休憩する気分にはなれず、菓子パンを少しかじっただけで下山を開始する。私は紅葉の盛りの時期にまた登らなければと、久しぶりの疲労感を噛みしめながら往路を引き返した。