山 行 記 録

【平成14年8月12日(月)/鳥居峠から四阿山】



まだ朝早く、誰もいない四阿山山頂
寒いくらいの風が吹いていた



【メンバー】単独
【山行形態】夏山装備、山行日帰り(前日、群馬県嬬恋村、鹿沢温泉キャンプ場の駐車場にてテント泊)
【山域】菅平高原
【山名と標高】四阿山(あずまやさん)2354m
【天候】晴れ
【温泉】長野県真田町「渋沢温泉」300円
【行程と参考コースタイム】
駐車スペース4:20〜鳥居峠4:35〜林道終点5:20〜花童子宮跡5:55〜的岩コース合流点6:25着/6:30発〜妻恋清水7:00〜四阿山7:15着/7:30発〜的岩コース合流点8:15〜花童子宮跡8:35〜林道終点8:55〜鳥居峠9:35〜駐車スペース9:45

鳥居峠(R144)須坂長野東IC=(上信越道、北陸道経由)=新潟西IC(R7,R113)自宅17:30

【概要】
四阿山とは長野県側の呼び名で、群馬県側では吾妻山と呼ばれている山である。四阿山も皇海山(すかいさん)や武尊山(ほたかやま)などと同様に難読山名の一つで、私はこの山の名前を「あずまやさん」とはすんなりとはなかなか読めなかった。この四阿山はどこから見ても山の形が屋根の棟に似ていることから「あずまや」と名前が付けられたという説と、古事記の中に書かれている日本武尊が「吾妻はや」と弟橘姫を偲んで叫んだことを起源とする二つの説があるのだという。

日本百名山巡りも今日で三日目である。前日、高妻山を下りてからは群馬県嬬恋村に移動して、鹿沢温泉キャンプ場の駐車場にテントを設営していた。夜中に、一時にわか雨がありテントを激しく叩いたりしたものの、朝方には雨はすっかり止んでいた。暦の上では秋に入ったとはいっても真夏の暑さは変わりがないので今日も早立ちをすることにした。スープを一杯だけ飲んで4時前にはテントを撤収し、登山口である鳥居峠に向かった。鳥居峠は長野県真田町と群馬県嬬恋村の県境となっているところだ。鳥居峠では駐車料金が500円必要だというので、少し長野県側に下ったところの林道に車を留めた。鳥居峠の登山口までは歩いて15分くらいのところで、昨日の夕方のうちに確認していたものである。

まだ真っ暗な道をヘッドランプをつけて歩きはじめた。林道入口にはゲートがあって車は先に進めなくなっている。ゲートで登山計画書を出して林道に入った。もちろん誰もいないので暗い林道には自分の足音だけが響いた。4時50分頃から薄明るくなりはじめ、東の空が赤く染まりだした。それからも単調な林道歩きが続き、1時間ほど経ってようやく標識の立つ林道終点に到着した。まっすぐに続く道は的岩コースで右の樹林帯に入って行く登山道が花童子宮跡コースのようだった。腹はまだ空いていないので林道終点では牛乳を一本飲んだだけで出発した。

夜が明けたばかりの山は涼しくて、少し膚寒いほどのこの清々しさがうれしい。このぐらいの気温であればどこまでも歩いて行ける気分である。しばらくシラカバやダケカンバの林の緩やかな登山道を登って行く。薄暗い山道もやがて見晴らしの利く尾根に出ると急に周りが明るくなり、さらに5分ほど歩くとあずまやが建っていた。一瞬、花童子宮跡のあずまやかと思ったものの高度計をみると標高がまだまだ足りない。ここからは少し急な山道を10分ほど登ったところが花童子宮跡であった。付近にはギボウシ、キンコウカ、オニアザミなど様々な花が咲き乱れていた。そしてそれは不思議にどれも皆大柄な花であった。登山道を振り返ると雲海のかなたに多くの山並みが見えた。

花童子宮跡からは樹林の坂道を登った。きつい登りに背中や顔からは汗が流れ始めたが、まだ朝早い時間ということもあり、稜線は涼しい風が吹いて気持ちの良い山歩きである。周りではトンボが飛び交い、すでに秋の気配が漂い始めていた。稜線からは右手奥にひときわ大きな四阿山が見えた。地図上には名前はないが手前に立ちはだかるピークは前四阿山のようなものだろうか。ちょっときつそうな登りに見えた。やがてひと登りで的岩分岐でここにもこじんまりとしたあずまやが建っていた。

このあずまやで小休止した後、いよいよ四阿山の山頂に向かった。前四阿山まではガレ場の登りで、このヤセ尾根には木々がないので見晴らしのよい登りが続いた。ピークを越すと樹林帯に入ったが、妻恋清水付近からは周りは草地となり再び見晴らしがよくなった。多くの登山者で道が荒れたためだろう。水場からはほとんど木の階段となりそれは山頂まで続いている。急坂もこれが最後だろうと2本のストックにも力がこもった。いつのまにか汗が止めどなく流れていた。途中、あずまや温泉コースと根子岳コースとの分岐を通過すると山頂はもう目前に迫っていた。

四阿山の山頂には登山口から3時間ほどで着いた。誰もいない山頂には寒いくらいの風が吹いていた。テルモスのお湯でインスタント味噌汁を作り、早朝作っておいた赤飯で朝食とした。食べ終えても誰も登ってくる様子はなく、百名山とはいってもこの時間帯であれば山を独り占めにできるのだなあと、至極当たり前なことを考えた。静かな山に一人で浸っていることが妙にうれしかった。この四阿山は手前の南峰には祠があり、奥の北峰には三角点がある双耳峰であった。山頂からは雲海とガスと薄雲のため眺望は今一つだったが、遮るもののない山頂は気持ちがよいばかりで、自宅に帰ることを考えなければいつまでものんびりとしていたいところであった。

山頂から30分ほど下るとようやく登山者が一人登ってくるところに出会った。ちょうどニセピークを下った付近で、その人は私より1時間遅れで登ってきたという。今日初めて出会った登山者であり、うれしくなってしばらく立ち話をした。的岩分岐を過ぎるとすっかり日が昇ってしまい陽射しが強まっていた。雲海は徐々に形を崩してガスとなって昇り始めている。今日も暑くなりそうな空模様が広がっていた。

林道終点からは鳥居峠まで1時間弱である。朝は暗くてわからなかったが、林道の途中に鳥居峠まで1.5kmと書かれた標識が立っており、この山道をたどると林道を歩かずに鳥居峠まで行けるらしかった。歩いてみるとヤブに近い状態の所が何カ所かあり、早朝では朝露のためにズボンや登山靴がびしょぬれになっていただろうと思われた。予想したとおりこの山道は林道をショートカットするルートとなっていて、背丈程もあるような草地をかきわけるようにしながら抜け出すと鳥居峠のゲートまではまもなくだった。


花童子宮跡に建つあずまや



妻恋清水(右奥は四阿山山頂)


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