【平成14年7月13日(土)/東成瀬口から焼石岳】
八合目、焼石沼と焼石岳
林道終点の三合目の標高はすでに930mあり、山頂までの標高差は620mしかないので他のコースから見れば比較的楽なコースといえるが、ガイドブックに記載されているほどやさしいコースではない。小さなアップダウンが結構あるうえに行程も長いことから山頂までは3時間30分から4時間近くを必要とし、標高差だけで判断するととんだしっぺ返しを受けそうなコースである。この東成瀬口は岩手県側からのような人気の高いコース比べれば静かな山登りを味わえるコースであり、折しも今は花の最盛期ともいえるので弾むような気持ちで自宅を出発した。
国道13号線を北上し秋田県十文字町から国道342号線、397号線と進み、秋田・岩手県境の大森山トンネルの少し手前から林道に入る。分岐には立派な案内板があり、3キロメートルほど入ったところが林道終点で「三合目横林道」の標識のある登山口であった。20数台も留められそうな広い駐車場は既に満杯の状態で、少し手前の駐車スペースに留めなければならないほどの混みようである。登り口には登山者カードや登山ガイドマップも用意され、近くには簡易トイレも設置されていた。
登山者名簿に記入を済ませて早速登山道に入った。はじめは笹薮を最近切り開いたような道が続いているので少々歩きづらく、また四合目までは急坂がきつかったが、まもなくすると傾斜がぐんと落ちてなだらかな道となった。この付近は大森山の巻道になっているようでまわりは若いブナ林である。まもなく五合目の釈迦ざんげへの直登コースとまわり道との分岐にでた。カミさんは直登コースの急坂はつらそうだというので釈迦ざんげへのピークへは帰りにまわることにした。巻道の少し先で見晴らし台というのがありすぐ近くなので立ち寄ってみた。そこからは展望が開けており、深い谷をはさんで焼石連峰の山並みが見えた。いくつもの山々の奥には主峰の焼石岳らしい姿が聳えていた。ここからは一転して下りの道となり、やがて川の流れる音が大きくなって胆沢川の川原に出た。胆沢川は昨日までの降雨で水かさが増しているので、2本のストックを頼りにしながら慎重に渡渉した。胆沢川を何カ所か渡りながら登るとやがて与治兵衛という六合目に着いた。ここでザックを下ろして小休止した。
道が胆沢川から離れ始めると再び雑木林のなかを登るようになり、七合目からは広く視界が開けて付近は草原状の山道に変わった。今日は朝からずっと曇り空が続いており、薄暗い樹林の中の歩きは幾分寂しかっただけに森林限界に飛び出してみると心が晴れ晴れとするような開放感に浸った。涼しい風も渡っていて汗をかいた体には天然のクーラーのような心地よさがあった。この付近から登山道沿いに咲く色とりどりの花々を楽しみながらの歩きが続いた。道の両側にはニガナがびっしりと咲き、その黄色と白の花に混じってハクサンチドリの群落が続く。
途中左手にモッコ岩が現れ、胆沢川をはさんでモッコ岳がすぐ近くに迫っていた。その後ろにはすっきりとした形の山が意外な近さに聳えている。地図で確認すると三界山という山だった。この少し先に水場があり「命の水」と命名されたこの湧き水は豊富な水量がありそしてかなり冷たい。中沼コースの銀明水と比べても遜色のない冷たさとうまさである。一段高みに登ると八合目で、ミヤマキンポウゲのお花畑が広がり正面には焼石沼が見えた。釣り人が一人向こう岸で釣竿を垂れている。ひっそりと佇む焼石沼とまわりのお花畑はただ眺めているだけで心が和むようだ。正面に見える山はもう焼石岳の一角らしかった。
この辺りは湿地帯のような草原が広がりあちらこちらに水が流れ道がはっきりしなかった。ようやく胆沢川の対岸への登山道を見つけたが最近降り続いた雨のために簡単には渡れなくなっている。こんな時は長靴の方がよほど渡りやすいだろうと思った。苦労して胆沢川を渡るとようやく対岸の登山道に取り付くことができた。ここからはお花畑の急登に汗を流す。ミヤマキンポウゲとイブキトラノオ、そしてハクサンフウロが盛りである。前方からは山頂から何人もの登山者が下ってきていた。時計をみると正午はとっくに過ぎていた。
山頂部はもう目前で、稜線上のコルという感じの九合目には標識が立ち、コルの向こう側には夏油温泉への道が続いていた。付近では風を避けながら大勢の登山者が休憩をしているところだった。九合目からは大きな岩がごろごろした岩稜の道だ。岩には黄色のペンキで印があるので今日のような天候でも迷うような心配はなかった。少し登ったところが焼石神社で岩の間には祠や石碑が奉られてあった。この頃から少しずつ霧が流れ始めた空は、眺めていると瞬く間に青空が見えるほどになり、やがて周囲の視界がはっきりしてきた。つい今し方までは雨も降り出してきそうな空模様だったのに、こうして一瞬のうちに晴れ渡るとは信じられない気持ちで眺めていた。草々に悪天候に見切りをつけて山頂から下った人はさぞかし残念だったろうと思われるほどの天候の急変である。岩場を過ぎると最後の急坂を一気に登った。ようやく到着した山頂部は台地状の広場になっていた。山頂にはまだ多くの登山者で溢れており、思いがけなく晴れだした山頂からの眺望をみんなが楽しんでいる。私達は姥石平の見えるあたりに腰を下ろして遅い昼食にした。姥石平の中程に見える大きな沼は泉水沼らしく、すぐ近くの登山道には多くの登山者が行き交っている様子が見えた。
1時間ほど休憩をして山頂を後にした。すでに午後2時を過ぎていたが姥石平からはまだ登山者はひっきりなしに登ってくるのが見えた。晴れ渡った下界を見下ろしながら下るのは爽快な気分で、九合目までの岩伝いの道を楽しみながら下った。吹き飛ばされそうな強い風も寒いほどではなく、ウインドブレーカーを着て下り始めたカミさんはよほど暑かったのか途中で脱いでしまった。焼石沼に向かって下っているとこれから山頂をめざして登ってくる人もいて驚いた。その後私達は、往路でピークをまだ踏んでいなかった五合目の釈迦ざんげにまわった。直登コースを登ってみるとたしかに急坂だったがそれは僅かな距離で、意外と短時間で五合目の山頂に着いた。ここは小さな広場になっていて後ろを振り返れば三界山や焼石岳が見渡せた。時間があればゆっくり展望を楽しみながら休憩も良さそうな場所だったがすでに4時半を過ぎている。疲れた体を励ましながら先を急ぐことにした。長い歩きに疲れたのかカミさんは少し遅れ気味で声も出なくなっていた。なかなか標高を下げない登山道に二人ともうんざりしながら4合目を通過し、3合目に着く頃にはあたりはすっかり薄暗くなっていた。
林道入口にある案内標識
八合目近くの水場「命の水」付近にて
後ろはモッコ岳と三界山(左奥)
焼石沼のきミヤマキンポウゲの群落
九合目から大きな石伝いに山頂をめざす大勢の登山者達
山頂から焼石沼を俯瞰する(右奥に小さく見える沼)