山 行 記 録

【平成13年7月28日(土)〜31日(火)/南アルプス 椹島から荒川三山、赤石岳、聖岳】



赤石岳(中岳から荒川小屋への途中で)
はるか下の方に荒川小屋がある
[2001.7.29]



【メンバー】単独
【山行形態】夏山装備、テント泊、(2日目は小屋泊)
【山域】南アルプス
【山名と標高】千枚岳2,879.8m、丸山3,032m、悪沢岳3,141m、中岳3,083.2m、前岳3,068m、
       小赤石岳3,081m、赤石岳3,120.1m、前聖岳3,013m、奥聖岳2,982m
【天候】28日(晴れ時々曇り)、29日(晴れ)、30日(晴れ)、31日(晴れ)
【行程と参考コースタイム】
(27日)赤湯1842===2119東京2207===静岡着2329(駅構内で仮眠)
(28日)静岡543===(バス)===900畑薙ダム910===(東海フォレストバス)===椹島1000
     椹島発1030〜千枚小屋着1510(テント泊)
(29日)千枚小屋430〜千枚岳〜丸山〜悪沢岳〜中岳710(前岳往復)〜荒沢小屋815-830〜赤石岳1050〜百間洞山ノ家1330(泊)
(30日)百間洞山ノ家500〜中盛丸山〜小兎岳625〜兎岳700〜前聖岳830-915(奥聖岳往復)〜小聖岳〜
     聖平小屋1030-1100〜聖岳登山口1430〜椹島1530(テント泊)
(31日)椹島800==900畑薙ダム940==1330静岡駅==(新幹線)==東京==赤湯==自宅着2230

【概要】
日本アルプスも今までにいろんなコースを歩いてきていたが、南アルプスについては南部の山々だけがまだ未踏の山域として残っていた。理由はまことにつまらないもので、東海フォレストによる畑薙ダムから椹島間のリムジンバス運行についての情報が何となくわかりずらく、ためらっている内に、毎年登る時期を逃していたのだった。畑薙ダム、椹島間のリムジンバスを利用できるのは椹島ロッジへの宿泊者に限る、とガイドブックには書いてある。登山口にどうしても1泊しなければならないとすると、休暇を1日余分に確保しなければならないので、私にとってこれはちょっとつらい。ところが最近、下山バスに乗るために東海フォレストが条件としているのは、椹島ロッジへの宿泊だけではなく、東海フォレストが経営する山小屋のいずれかに1泊だけ宿泊をすればいいのだと知って、これならばと、予定している日程での縦走がにわかに現実味を帯びてきたのである。欲を言えば聖岳から茶臼岳とつなぐと日本列島最南端の2500メートル峰として有名な光岳までの縦走も可能なのだが、それにはあと2日間の日数が必要である。それはまた次回の楽しみとすることにした。

(28日)
南アルプス南部の登山基地である椹島までは実に遠かった。夏だけの季節運行である朝一番のバスで静岡駅を発ち、畑薙ダムからは東海フォレストのリムジンバスに乗り継いで椹島には10時過ぎに到着した。バスだけで5時間近くもかかった。静岡からずっと小雨が降り続いていた空模様も、リムジンバスに乗っているうちにすっかり青空となり、椹島ロッジに到着するところは、夏の陽射しがじりじりと頭上から降り注ぐほどになっていた。おかげでザックのパッキングを終えて林道に出る頃には、上半身はすでに汗でびっしょりである。それに久しぶりにテントの入ったザックはずっしりとして重く最初からばて気味だった。

長い尾根歩きに耐え、5時間近く登り続けてようやく千枚小屋に到着すると、小屋前ではたくさんの登山者が夕食前のひとときを思い思いに過ごしていた。小屋の周りには様々な花が咲き乱れていて、写真を撮っている人や散策している人達も多い。山小屋のまわりでは不思議とゆっくり時間が流れているようだった。小屋の入り口で早速テン場の申込みをする。テン場は小屋の前を5分ほど先に行ったところで、途中にある外のトイレも水場もしっかりしていて安心だった。テントは松の木や雑木林の間に張るようになっており、それほど広くはないスペースには、すでに10張りほどテントが設営されている。テントを張り終えると、狭いながらも自分だけの我が家が出来上がり、ようやく落ちついた気分になった。しかし私はよほど疲れていたのか、小屋で買った缶ビールを飲むとすぐに酔いが回ってしまい、夕食を食べ終えるとすぐに寝てしまった。

(29日)
二日目の朝は3時に起床した。外はまだ真っ暗である。テントの中は肌寒いほどで、少し眠いが思い切ってシュラフから抜け出して朝食の準備をする。一晩眠ったおかげで昨日の疲れはすっかり取れているようだ。朝食のメニューは自宅から持ってきたネギとワカメやシイタケをいれたラーメン。隣の愛知の高校山岳部の人達はすでにテントの撤収を始めている。彼らもテント撤収のかたわら、ヘッドランプをつけて食事の準備をしている。4時には朝食を終えてテントの外に出てみると、夜明け前の薄暗さの中で東の空が日の出を前に赤く染まっていた。テントを撤収し、少しも軽くならないザックを再び担いで千枚岳に向かう。小屋の前ではたくさんの宿泊者が三脚を立ててご来光を待っていた。

小屋の標高は2600mぐらいであり気温はだいぶ低い。半ズボンにTシャツ一枚では寒いくらいだった。登っていると千枚岳への途中でご来光を迎えた。すぐ右手には富士山が朝日を浴びて雲海に浮かんでいる。墨絵のようなシルエットが美しい。ほとんどの山並みは雲海に隠れていた。その雲海はまるで大きな海原の白い波のうねりを見ているようである。こんなに美しい光景を眺められるのも、昨日のつらい急登に耐えたご褒美だろうか。先を行く登山者も立ち止まってしばらく日の出の光景に魅入っていた。千枚岳からは快適な稜線歩きの始まりだった。涼しい風が吹く中、この先赤石岳までは丸山、悪沢岳、中岳、前岳と3000メートル峰が続いた。ただ赤石岳手前の荒沢小屋までは500mほど下らなければならないのがちょっとつらいところだった。それでも荒沢小屋に下る途中の前岳の南東斜面に広がるお花畑が美しく、立ち止まってしばらく眺めたりした。傍らでは登山者も三脚を立てて写真を撮影している。ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、チシマキキョウなど、花の種類は数え切れないほど多い。名前がわからないものもたくさんあり、こんな時に植物図鑑があればと思うほどである。今年初めて見るミヤマナデシコが、谷間を渡ってくる風に吹かれて、絶え間なく揺れていたのが印象的だった。

荒川小屋から大聖寺平と呼ばれる平坦地までのトラバース道はなだらかで快適な登山道だった。先に千枚小屋を出た人達を私は悪沢岳付近でほとんど追い越してしまったので、前後には誰も登山者が見あたらない。ウグイスの鳴き声だけが聞こえる静かな山道だった。空は快晴に近く、これほど好天に恵まれるのはシーズン中でもそうないのではないか、と思えるほど穏やかな天候だった。大聖寺平から赤石岳までは500m以上の標高差がある。つづらおりの登山道をジグザグにひたすら登った。振り返れば雲海のかなたに北アルプスや中央アルプスが望めた。

小赤石岳と赤石岳の鞍部には標注が立っていた。ここは赤石小屋に下る分岐点である。路上にはたくさんのザックが置かれてあり、ほとんどの人達が空身で赤石岳を往復しているようだった。途中の斜面ではライチョウが遊んでおり、しばらく見とれていた。保護色なので少しわかりずらいが、すぐ近くでは、今年生まれたばかりと思われる子供のライチョウも一羽、あちこち歩き回っていた。親子連れのライチョウだった。登山者には慣れているのか、近づいてカメラを向けても逃げなかった。ライチョウ達に別れを告げて最後の急登を耐えながら登っていると、赤石岳の山頂から10数人の登山者が下ってきた。みんな空身なのでやたらと元気である。やっと登り着いた山頂には誰もいなくなっていた。赤石岳避難小屋がすぐ真下に見える。ここでは遮るもののない360度の展望が広がっていて、振り返ると先ほど登ってきた悪沢岳、中岳はすでに遠くなりつつあった。

山頂でしばらく写真を撮ったりしているうちに、私は妙に気持ちが重くなっているのに気づいた。少し前から軽い頭痛が続いていて、もしかしたら高度障害がでたのかもしれなかったとふと思った。今までも3000m峰に登ると決まって高度障害にあっていたのである。本当に高度障害だとすると、今日はまだ軽いようだが、この後で目眩や吐き気がするはずだった。今日の歩くペースが少し速かったのかも知れない。この先、百間洞までの行程が途方もなく遠くに思えて目眩がしそうだった。

赤石岳の山頂からはガレ場のような登山道をひたすら下った。ガラガラの砂礫地帯といった感じの急斜面だ。途中、百間洞まで3時間という標注が建つ地点でどうにも動けなくなり、そこで20分ほど横になって一眠りした。その後、百間平でも銀マットを敷き、30分ほど横になった。百間洞山ノ家まではあと40分ほどの距離まできていた。

百間平から百間洞山ノ家までもかなり下るようだった。頭痛はまだ続いており、出来るだけ標高を下げたかったので、急坂を転げるように下っていった。左手には明日登る予定の聖岳が見えていた。聖岳も大きな山でその山容には迫力があり、赤石岳に比較しても少しも遜色がなかった。小屋へ下る途中に百間洞のテン場があり、そこから小屋までは数分の距離。小屋は百間洞沢のすぐそばに建つウッディ調の新しい小屋だった。早速、宿泊を申し込む。この百間洞山ノ家も東海フォレストの経営する山小屋で、これで下山のバスの心配がなくなり、なんとなくホッとした。私は非常に疲れていて、ザックを部屋に下ろすとすぐに横になった。

しばらくたってから目を覚ますと、幸いに頭痛は少しおさまっていた。それから夕食まではしばらく時間があり、小屋の前のテーブルでコーヒーを淹れ、近くの人達と山の話しをしながらのんびりと午後の時間を過ごした。私が小屋に到着した時にはまだ4、5人だった登山者も、夕方近くになると聖岳や赤石岳方面から次々と下りてきて、この小さな小屋は大勢の登山者で溢れるくらいになっていた。しかし部屋は心配したほどには窮屈にはならなかった。この百間洞山ノ家の食堂はさほど大きくはないので夕食は3回ほどに分けて行われた。その日の夕食はトンカツとサラダ、それに生蕎麦までついた豪華な食事である。私は昨日に引き続いて一本の缶ビールに簡単に酔ってしまい、部屋に戻るとたちまち眠ってしまった。

(30日)
三日目。4時半からの小屋の朝食を済ませると5時には小屋を出発した。清々しい朝の冷気が立ちこめる中、小屋の裏を通って登山道を登り始める。ひと登りで大沢岳と中盛丸山の鞍部だった。そこから中盛丸山、小兎岳と結構大きな登り下りを繰り返して、そしてひときわ大きな兎岳の山頂に到着した。目の前には前聖岳が大きく聳えている。聖岳から右手に続く山並みは、地図で確認すると茶臼岳や光岳のようだった。兎岳から前聖岳へは、ふたたび鞍部までは大きく下るのだが、急峻な岩場が連続していて、少しも気を抜けない箇所だった。そして急坂を登り返すと前聖岳だった。山頂には多くの登山者であふれていた。みんな聖平小屋から朝、登ってきた人達だった。時間はまだ8時30分である。予想外に早く着いたために私は日程の変更を考えていた。予定では今日、聖平小屋にテントを張るつもりだったのだが、今日中に椹島まで下れば、風呂で汗を流し椹島のキャンプ場でのんびりと最後の夜を過ごすことができそうだ。そんなことを思いながら奥聖岳まで往復した。

前聖岳に戻り、しばらく山頂からの展望を楽しんでから下山を開始した。小聖岳までヤセ尾根のような稜線を慎重に下る。そして高度2600mぐらいから樹林帯に入ってしまうと風が全くなくなってしまった。そこからは下れば下るほどに気温が上昇していった。水筒は既に底をついていたので聖平小屋で水を補給する。しかし蛇口からでてくるのは水ではなくお湯であった。水源地から運んでいるホースが炎天下で温められたせいで、いくら待っても冷たい水にはならなかった。

聖平小屋からは単調な下りと思って、たいして深くも考えずに下り始めたのだが、すぐに後悔することになった。予想外のきつい登りが何カ所もあったりしてなかなか標高を下げないのである。勾配は決してきつくはないのに、疲れた体には結構こたえた。そしてこの聖沢沿いの道はやけに長く、歩いても歩いてもゴールが見えなかった。体力にまかせて、一気に下ろうとしたことを今回ほど後悔したことはない。足は棒のようだとよく言うが、疲れのために足の感覚がなくなりそうであった。

喘ぎながらもやっとの思いで聖岳登山口にたどり着いた。午後の強い陽射しが砂利道の林道に降り注ぎ、道は白く乾いていた。ここから椹島までは地図上で40分の車道歩きである。しかし結局1時間近くもかかってしまった。決してのんびりと歩いたつもりではなかったが、それほど体が疲れていたということだろうか。椹島の入口に到着したときは一歩も動けないほどだった。宿泊を受け付けるセンターのような所で、キャンプ場の受付もおこなっていた。センターでは私と同じように今日、山から下山してきた人や翌日登る人達の、ロッジへの宿泊を申し込む人達でごったがえしている。私は早速、テン場と一緒に風呂を申し込んだ。ところが「風呂やシャワーは、ロッジへの宿泊者しか利用できません」と、係の人からすげなく断られてしまったのである。汗を早く流したくて一気に椹島まで下ってきた私は、非常にがっかりしてしまい、全身から力が抜けてしまった。

ところが捨てる神あれば拾う神もあるのである。その後キャンプ場でテントを設営している時に、ロッジのスタッフらしき人が近くで私の作業を眺めながら「近くの河原で体を洗うといいよ」と教えてくれたのである。そういえばこのキャンプ場のすぐそばを大井川の清流が流れている。私は売店で生ビールを飲んでから、早速、タオルを持って河原に出かけてみた。そして大井川の冷たい水で頭から爪先まで全身を洗って汗を流すと、疲れて死んでいた細胞がみんな生き返るようだった。

その夜は雨が降る様子もないのでテントの入口はメッシュだけにした。大井川の流れがこのキャンプ場に気持ちのいい風を運んできていた。この涼しい風が疲れて火照った体に心地よい。聖平小屋からは疲労のためなかば夢遊病者のような状態で歩き続けてきて、こうして横になって眠れるのが信じられないほどうれしかった。しかしいくら眠ろうとしても、椹島を登りはじめてからの3日間の光景が次々と浮かんできてしまい、私は遅くまで寝付かれないでいた。今回の南アルプス縦走は字のごとく瞬く間に過ぎた3日間だったと思った。何気なくテントの中から夜空を見上げると、真っ暗な空にたくさんの星が瞬いている。手を伸ばせば届きそうな近さに星が輝いていて、まさに降ってきそうな星空が広がっていた。



椹島ロッジ
午前10時頃で既に暑い陽射しが降り注いでいた
[2001.7.29]



多くの登山者でにぎわう千枚小屋
[2001.7.29 午後3:00]



ご来光の瞬間(千枚岳への途中で)
[2001.7.30 午前4:58]




朝日に輝く赤石岳(千枚岳山頂近く)
[2001.7.30 午前4:58]


雲海に浮かぶ富士山(千枚岳山頂近く)
[2001.7.30 午前4:58]



荒川小屋へ下る途中、前岳の南東斜面に広がるお花畑
[2001.7.30]



荒川小屋
[2001.7.30]



大聖寺平に建つ分岐(奥の山並みは北アルプス)
[2001.7.30]



赤石岳山頂付近でみつけたライチョウ
[2001.7.30]




赤石岳山頂
[2001.7.30]



赤石岳山頂から小赤石岳を俯瞰する
(左奥は前岳と中岳)
[2001.7.30]





百間洞山ノ家の夕食
[2001.7.30]



奥聖岳で赤石岳をバックに
[2001.7.31]



山の高原といった雰囲気がする聖平
[2001.7.31]




百間洞山ノ家から聖岳を越え、一気に下山した椹島のキャンプ場
[2001.7.31]


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