山 行 記 録

【平成13年5月6日(日)〜7日(月)/飯豊連峰 大日杉から飯豊本山】



飯豊本山山頂(奥は本山小屋)
草履塚から飯豊本山までは夏道がでているが
それ以外はまだほとんど雪道である



【メンバー】単独
【山行形態】避難小屋泊、春山装備(アイゼン、ピッケル)
【山域】飯豊連峰
【山名と標高】地蔵岳1538.9m、飯豊本山2105.1m
【天候】6日(晴れ)、7日(曇り)
【温泉】西置賜郡飯豊町「フォレストいいで」 300円
【行程と参考コースタイム】
(1日目)大日杉630〜ザンゲ坂730〜地蔵岳1000〜御坪1130〜切合小屋1210〜
     草履塚1310〜本山小屋1430〜飯豊本山〜本山小屋1520(泊)
(2日目)本山小屋700〜切合小屋830〜地蔵岳1000〜大日杉1130

【概要】
5月もまだまだテレマークスキーを楽しむ予定でいたのだが、一方では飯豊や朝日の山々も気になる季節である。毎年この時期には朝日連峰に登っているので、今日は飯豊連峰の様子を探りに出かけてみることにした。情報によれば飯豊町岳谷の民宿「惣兵衛」までは除雪が完了しているらしかったが、そこから大日杉までは林道のため、除雪がされているかどうかはわからない。小屋までは4kmはあるので最悪スキーを使って歩こうか、と車にテレマークスキーを積み込んだが、幸いにその先もなんとか車1台は通れるようになっていた。小屋まではもうまもなくというところで行き止まりになり車を止める。小屋の手前100mぐらいの駐車スペースはせいぜい5〜6台程度だろうか。さすがに今日は連休の最終日。新潟ナンバーの車が1台留まってあるだけだった。

大日杉小屋周辺はまだ雪に閉ざされていて小屋も冬ごもりのままである。登山者カードに記入して早速登り始める。ほとんど雪におおわれているのでどこでも登って行けそうだ。連休に何人か登ったらしく、うっすらと足跡が先に続いているが、ほとんど融けているので判然とはしない状況だった。

最初の急登であるザンゲ坂の急坂は場所がはっきりとはわからないまま、記憶を頼りに急斜面のひとつを登ってゆく。ザンゲ坂は勾配が40度はあろうかという急坂のため太いクサリが長く下までのびているのだが、雪に埋まっていて全くわからなかった。アイゼンもザックに忍ばせていたが、取り出すほどではなさそうと判断し、慎重にキックステップを刻んで登った。登り詰めたところにザンゲ坂の標識があり、やっと尾根に取り付く。ここからの尾根道は10数メートルほど夏道が出ていたものの、まもなくそれも途切れると、その先はずっと雪道になった。ここで山スキーを担いで下ってきた人に出会った。新潟の人で駐車場に1台だけ留まっていた車の持ち主である。この飯豊には初めてらしく、山スキーをするために登ったものの、スキーには向かない山だったと残念がっている。まだ朝早い時間なのでどこから下ってきたものと思ったら、御沢別れ付近で幕営したという。ザックだけでも重いのにスキーを担いでこの飯豊で山スキーとは感心するばかりである。

長ノ助清水は標識だけがでていたが、沢は当然まだ雪に埋まったままである。この頃からだんだん気温が高くなり、汗が吹き出してきたのでTシャツ一枚になって登る。それでも暑いくらいである。雪道はどこをどう登っても歩いても良いので非常に歩きやすかった。尾根道は急な雪面が続いたが、雪が適度に柔らかいのでアイゼン、ピッケルの必要はない。2本のストックをたよりにして地蔵岳を目指した。

この残雪期の山登りで何といっても楽しいのは、夏道では絶対に見られない景色が見られることである。普段は樹林帯で視界がないのだが、今はほとんどの雑木が雪の下に埋まっているので、景観がまるで違って見えるのだ。どこを登っていても常に視界が開けているのだから実に楽しい。久しぶりのツボ足でのきつい登りも、次はどんな景色が目の前に飛び込んで来るのか楽しみなので、疲れを忘れさせてくれるようだった。ダマシ地蔵のピークを左に卷き、地蔵岳への狭い雪稜を喘ぎながら登った。

地蔵岳山頂から目洗い清水、御坪、御沢別れと続く尾根道を眺めると、所々で雪のブロックが崩壊しかけている箇所が見えた。どこを歩くのかわからないほどだったが、比較的安全そうな雪庇のルートを選びながらを歩いた。御坪付近はヤセ尾根が続くところなのだが、今は信じられないほどの広い雪原となっていた。飯豊連峰の豪雪を今更ながら見せつけられるようである。まさに360度の展望が広がっていて、まるでどこかのピークからの眺めのようだった。誰も下りてくる人もいなくて聞こえるのは小鳥の鳴き声と遠くを流れる雪解け水の音だけだった。

御沢別れからは雪渓を歩くつもりだったのだが、全山雪に覆われているので御沢の左岸側、つまり切合小屋へ直登する尾根道を登った。ここには当然夏道はないので残雪期だけのルートである。おかげでここから見る飯豊本山はめったに眺められないアングルのせいか、実に新鮮な感じがした。雪の急斜面を登り詰めると切合小屋だ。直登コースのため御沢の雪渓を歩くよりも時間がかからなかった。小屋周辺は雪がなかったが正面の小屋の入口付近にはまだ雪がうず高く残っていて中には入れない。まだ二階への冬期入口から入るしかないようだった。

小屋から草履塚までも雪道が続く。ここは6月になっても雪渓を歩くことができるほどだからまだまだ残雪が多いのだ。雪の斜面に登山靴を蹴りながら一歩一歩登る。久しぶりに重いザックを背負い、足は既に棒のようになっていた。特に雪道は疲れる気がした。歩きやすいのに疲れるのは矛盾するようなものだが、常に直登するので足の筋肉が休む暇がないのが原因らしかった。少しだが一歩一歩スリップするのも関係があるのだろう。草履塚まで登ると飯豊本山も見えてきた。ここから本山まではずっと夏道が続いていた。大日杉を歩き出してから既に7時間近く経つ。時間がいつもよりもだいぶかかっている。しかしここまでくればあとは御前坂の登りを耐えるだけである。草履塚の三角点に腰をかけて少し休憩をする。左手には牛首山から突き上げる飯豊の主峰、真っ白い雪を抱いた大日岳が聳えている。春霞のためかすっきりとは晴れなかったがここまでくると、やっと飯豊に登ってきたという実感が湧いてきた。

姥権現、御秘所を通過するといよいよ最後の急坂、御前坂の登りである。ガレ場のような登山道をジグザグに喘ぎながら登った。本山小屋が見える所まできてようやく東斜面に雪渓が現れてきた。今夜の水はこの雪を利用できるようだった。

本山小屋の入口は切合小屋と同様に雪で塞がっているので2階の冬季用入口から中に入った。小屋にザックを置いて本山まで往復する。予報によれば好天は今日一日だけで明日は低気圧の通過で雨も予想されているので、天気の良い内に山頂を踏んでおきたかった。山頂からは大日岳はもちろんのこと、烏帽子岳、北股岳へと続く飯豊の主稜線はまだまだ真っ白い雪に覆われていて、下界から登ってくると、まるで別世界を眺めているような気分になる。この景色を見る限りでは飯豊の春はまだまだ遠いなあ、と思うばかりである。

人影はどこにも見あたらず、御西方面から登ってくる人もなさそうで小屋泊まりは私一人だけのようだった。今、この広い飯豊連峰にいるのはもしかしたら自分一人だけなのかも知れないと思うと、気が遠くなるような孤独感に一瞬、襲われてしまった。

小屋に戻り、早速ビニール袋に集めた雪でビールを冷やした。食事の準備をしながら小屋の雑記帳を読む。下界の好天からは想像できなかったが、5月1日から2日にかけては風雪だったようだ。また、新潟県の加治川から入山して蒜場山〜烏帽子山〜大日岳〜飯豊本山〜川入と縦走した人の記録も書いてあり、思わず身を乗り出して読んだ。それも単独の人と2名のパーティの2組が同じコースを歩いている。残雪期だけのルートだと思うのだが、すごいコースを歩くものである。いずれも東京の人で、年齢をみるとみな20代だった。さすが、若い人は違うなあとその体力、気力には驚かされる。とくに単独の人はザックの軽量化のためにシュラフも持たないで、稲葉の平、マグソ大峰と雪の山中に2泊もビバークをしているのである。寒さを考えると夜が恐かった、と書いてあった。

夕方は雲が多過ぎるせいか夕焼けは見られなかった。静かな日没だった。薄暗くなったのでローソクを灯す。小屋の窓からは喜多方市の夜景だけが遠くにぼんやりと霞んで見えた。夜になって風が強まり、一晩中、ゴオーッ、ゴオーッという風の音が止まなかった。日中は真夏を思わせるほど気温が上昇していたのに夜はかなり冷え込んだ。スリーシーズンのシュラフでは寒くて、夜中に起き出してザックに足を突っ込んで寝た。

翌朝になっても強い風はおさまらなかった。予報通り天候は良くないようだった。地面が濡れているところをみると、夜半に少し雨が降ったようだったが今は既に雨は上がっている。日の出の時刻を過ぎても太陽は顔を出さず、厚い雲が空一面に広がっていた。

のんびりと朝食をしながら天候が快復するのを待ったが、よくなる兆しもないので思い切って小屋を出る。飛ばされるほどではないものの、冷たい風が吹いていた。軍手ではすぐにかじかんでしまい、冬用の帽子と手袋をザックから出した。下界では考えられないがまだまだ冬山装備は必携だなとあらためて感じた。御秘所を過ぎると草履塚の登りがきつい。一晩眠って疲れはすっかり取れたと思ったのだが、2、3分登っただけで昨日の疲れがいっぺんでよみがえってくる。体は実に正直だった。

草履塚からは先はずっと雪道なので、滑るようにしながら下る。雨が降ったためだろうか、雪質はかなり柔らかくなっていた。切合小屋からも昨日登ってきた尾根を下った。

その途中で、まだ歩いていったばかりの新しい熊の足跡を発見してびっくりして立ち止まった。足跡はちょうど尾根を横切って御沢の雪渓を渡り、種蒔山に続いていた。あたりを見回しても熊がいる気配はなかったのだが、やはり気持ちのいいものではない。そこからは少し大声を出して下った。

地蔵岳からも雪道は同じだったが、昨日に比べると雪質が堅く締まっているので慎重に下る。御田の杉を過ぎるとまもなく左の尾根への分岐点だが、今は一面の雪のためにわかりずらいので、うっかりするとまっすぐ続く支尾根にそのまま下ってしまいそうなところだ。

登るときにはあまり気づかなかったが、夏道が出ているところではイワカガミやショウジョウバカマが咲き始めており、登山道に彩りを添えている。タムシバやムシカリは新緑と残雪の山々を背景にして白い花が美しかった。ザンゲ坂付近のムラサキヤシオはまだ蕾だった。

不思議だったがザンゲ坂も昨日より雪質が締まっている。ちょうど夏の石転ビ沢の雪渓と同じくらいの堅さなのだ。こんな短い区間でもこの急斜面で滑ったら下まで止まらないだろう。よほどアイゼンを出そうかどうか迷ったのだが、そのままキックステップで強めに蹴り込みながら下った。雪渓歩きは登りより下りがはるかに難しいのだから、ここはアイゼンを装着して下るべきだったのかも知れない。

杉やブナの林を下るとまもなく赤い屋根の大日杉小屋が見えてくる。結局、アイゼン、ピッケルは持っていったものの使用することはなかった。雪の斜面を夢中で下ったせいか、小屋に着くと上半身は汗だくになっていた。疲労はピークに達していたが、久しぶりに飯豊連峰の空気に触れることができ、充実した春山を味わった2日間だった。


まだまだ積雪の残る大日杉小屋
まだ駐車場までも入れない



地蔵岳山頂から飯豊本山を仰ぐ
豊富な積雪が山頂一面に広がっていて
まさしく360度の大展望台である



御坪付近からの飯豊主稜と切合小屋(中央左)
この辺はヤセ尾根なのだが東側にはまだ10数メートルにも及ぶ積雪があり
平坦な雪原となっている


御沢付近から飯豊本山を仰ぎ見る
この尾根は御沢別れから切合小屋への直登ルートで残雪期しか歩けない



本山小屋間近!



飯豊本山からの宝珠山
東斜面にはまだまだ豊富な残雪だ




飯豊本山近くの雪渓で
気温は高くまるで初夏のようだった



タムシバと五段山の稜線(ザンゲ坂付近で)
近くのムラサキヤシオはまだ蕾状態だった


inserted by FC2 system