[2000.8.19]
近くにテントを張っていた若いグループがまだ暗い内からテントを撤収している音で目が覚めた。時計を見たらまだ3時である。テントから少し外を覗いてみると月明かりのためにテン場は煌々と明るかった。私も少し早く起きなければと思ったのだが体はまだ疲れのためか重くなかなか動き出せない。そのまま再びシュラフに潜り込んだ。
結局、起きたのは4時半をすぎてからだった。ヘッドランプをつけて準備を始めたがテントを片づけ終えたときは既に薄明るくなっていた。食欲は全然ないのでとりあえずスープだけ飲んで出発した。
野口五郎岳に登る頃はちょうど朝日の光線が横から差し始め、これから行く縦走路が輝いて見えた。頂上からは北鎌尾根を従えた槍ヶ岳がことのほか大きく見えた。3年前はほとんど視界がないところを歩いていたので、この光景は新鮮だった。
真砂岳、東沢乗越と岩稜帯のアップダウンを繰り返して水晶小屋までのザレ場を登る。小屋前では三俣山荘からきた登山者も合流したためににぎやかだった。ザックを小屋前にデポし、前回の縦走でピークを踏めなかった水晶岳をピストンする。水晶岳の頂上からは北アルプスの主要な山々が皆眺めることができて素晴らしい展望だった。また雲ノ平山荘も遠くに見える。緑一面の雲ノ平の中でポツンと赤い屋根が印象的だった。水晶小屋に戻るとラーメンを煮て遅い朝食をとった。行動食は時々食べていたのだがやはり朝食を食べないと力が入らなかった。
この先の鷲羽岳には3年前と昨年の二回、登っており、岩苔乗越から黒部川の源流コースを三俣山荘に向かった。このルートは沢沿いに歩くので水は豊富で涼しかったのだが道はそれほど歩きやすくはない。もっとも沢のルートはこんなものかもしれなかった。出会った登山者も雲の平に向かう人以外は沢歩きの人達だった。
三俣山荘で底をついていた水筒をいっぱいにする。早朝、野口五郎小屋をでてからもう6時間を歩いている。疲労がだいぶたまってきていたが、双六小屋まではもうひとがんばりだ。三俣蓮華岳と双六岳はやはり前回歩いており、鷲羽岳と同様に何となく新鮮味がないので、ここからはまだ歩いていない巻道コースを行くことにした。一度大きく下りカールの底のような所を歩いて行く。沢が何カ所か流れていて水場にはことかかなかった。ガレ場のような道を登り詰めると双六岳からのコースと合流し、間もなく眼下に双六小屋が見えてくる。小屋前ではまだ午後も早くたくさんの登山者で溢れていた。
小屋で早速、テン場の申込をしてテントを設営する。ここで知ったのだが明日から全国高校総体山岳競技が開催され、約700名もの人達が4コースに別れてこの北アルプスに登ってくるのだという。注意を促す看板が数カ所に掲げられていた。この双六小屋にも明日280名の団体が幕営することになっているらしく、そのためテン場には臨時の水場や仮設のトイレが設けられていた。こんな狭いテン場に何百名も押し寄せてどうするのだと、暗澹たる気持ちになる。
昼前から薄雲が広がっていたが、とうとうこの日は夕方から雨が降り出した。しかし大降りはなさそうで、天気予報も明日は好天を予想していた。ただ、ビールを飲んで酔ってそのまま寝てしまい、外に出したままになっていた登山靴が雨で濡れてしまうという失敗をやってしまい、がっかりだった。夜はテントにあたる小雨の音を聞きながら眠る。
[2000.8.20]
予定では今日は笠ケ岳山荘までなのでゆっくり出発するはずだったが、笠ケ岳にも全国高校総体山岳競技のために150名も登ってくることを知り、早めに新穂高温泉に下山することに計画を変更することにした。そして時間的に可能であれば翌日、西穂山荘から焼岳、中ノ湯までの縦走をすることにしたのである。
そのため、朝3時に起床。4時過ぎにはテントを撤収して暗いうちに出発した。幸い雨はすっかり上がっていて星空が美しかった。稜線に上がる頃になって空が薄明るくなり槍ヶ岳がシルエットのように東の空に浮かんで見えた。
秩父平が近付く頃、笠ケ岳山荘から下ってきた登山者と出会う。双六小屋から朝出かけてきたことを話すとみんな驚いていた。こんなに早く登ってくる人に会うとは思っていなかったようだ。秩父平は残雪とお花畑が美しく見とれるほどだった。
新穂高温泉への分岐点は抜戸岳から笠ケ岳に少し進んだ鞍部にあるはずだったが、現在は抜戸岳のピークを通るコースにルートが変更されていた。ザックを分岐にデポしてから笠ケ岳をピストンすることにした。
笠ケ岳山荘に向かう途中、ヘリが上空を飛んでいった。荷揚げのためかと思っていたら何も吊っていなくて全国高校総体のためのヘリだとわかった。小屋にはちょっど飛び立つ直前のヘリが待機中だった。笠ケ岳の山頂には様々なケルンが積まれていた。笠ケ岳は北アルプスの縦走路から少し離れている孤高の山、といった雰囲気の特異な位置にある。そのぶんこの山頂からの展望を楽しみにしていたのだがガスが上がり始めていて、なかなかすっきりとは晴れなかったのが残念だった。
小屋で牛乳を購入して少し栄養を補給した。元気が出てきて笠新道の分岐まで戻る。高校生の大団体がいつ登ってくるか気がかりだったがまだその気配はなかった。笠新道を下ると杓子平のお花畑付近に大勢の登山者が休憩していた。みな登りの途中の様子。その後もストックを頼りにして快調に下って行く。途中はなかなか標高を下げない小さなアップダウンが続きうんざりした。下界が近付くにつれて気温がどんどん上昇してきていた。登ってくる人の中には暑さのためかバテている人も何人か見られてこのコースの長さを思うと心配になった。樹林帯を下りきってやっと林道に出る。そして新穂高温泉に向かうとまもなくして、やっと高校生の団体が歩いてくるところに出会った。これから笠新道を登るのだろうか。もう午後2時を過ぎていた。高校生は一人一人元気に挨拶をしてくる。さすがに150名もの人達に挨拶を返すことを考えるとこれは苦痛以外のなにものでもなかった。新穂高温泉のバスターミナル前には無料の温泉があるのだが今日はすぐに西穂山荘に向かわなければならない。もうひと登りが待っている。新穂高ロープウェイは観光客で大混雑だった。(以下、西穂山荘〜焼岳〜中ノ湯への縦走は別記録)