日曜の早朝、飯豊山荘前の駐車場で約半年ぶりに宮本氏と再会。宮本氏は富山からはほとんど寝ずに夜通し運転だったことから少し仮眠をとる。そして山荘の自炊場で朝食を済ませ、準備を終えたときは既に10時近くなっていた。登山口に計画書を提出し、台風一過の晴天を期待して歩き始めるが、温身平から石転ビ沢を見上げても稜線は雲に隠れていて見えなかった。今年は例年にない大雪のためについ先日まで温身平の砂防ダム付近まで残雪が残っていることを聞いていたが、もうすっかり夏道になっている。しかしまもなく登山道が切れ、雪渓を歩くことになる。例年の夏道歩きと比べて周りの景観がいつもと違うので戸惑った。しばらくして梶川の出合を通過する。雪渓を歩くと石転ビの出合までは緩やかに登ってまもなくである。太い流木に腰をかけて一息をついていると、大勢の登山者が雪渓を登ってくるのが見えた。時間は正午を少し過ぎている。はて、こんな時間に石転ビ沢を登る人がいるのだろうか、と訝しく思い眺めていると、みんな石転ビの出合までのハイキングだった。
石転ビの出合からは標高1,850mの稜線上に建つ梅花皮小屋まで急斜面がずっと続くところだ。雪渓は堅く締まっていてアイゼンは必携である。2人とも12本爪アイゼンを装着した。ピッケルもザックに忍ばせていたが、とりあえずストックで登り始めた。2人とも2本のストックである。石転ビ沢を見上げると晴れるどころかますます雲行きが怪しくなり薄暗いほど。時間も遅いせいか、結局石転ビ沢を登るのは我々2名だけのようだった。ここ数日は台風のためか他に入山している様子もなく踏み跡も見あたらなかった。
落石が心配なので足下ばかりを見つめて登るわけにはゆかない。苦しくとも前方に注意しながら急斜面を登っていった。北股沢の出合いの草付きからは左手の雪渓を詰めていった。この付近から上部は全くと言っていいほど視界がなく、小屋の方角の見当をつけて登るしかない。特にこの付近は45度の急斜面のため特に緊張するところだ。稜線が目の前に迫っても小屋は見えない。直登しすぎた気がして少し左に水平に移動し、そこからまっすぐに登り詰めると小屋がうっすらとガスの中にかすんで見えた。少し後ろを登っていた宮本氏に声を掛けた。まだ4時半を少し過ぎただけなのにあたりは濃霧のせいで日没後のように薄暗くなっていた。
小屋では丸森尾根を登ってきたという5人のパーティと我々だけだった。管理人小屋に出向き、宿泊を申し込む。管理人にダイグラ尾根の雪渓の状況を伺うものの、今年は下っている人がほとんどないようでよくわからないらしかった。5人組は2階で既に休んでおり、我々は1階にザックをおろした。昨年改築されたばかりの小屋は快適そのもの。我々はビールで早速乾杯した。今夜は夕焼けも期待できずのんびりと夕食を楽しむしかないようだった。食後、ローソクのもとで二人で寝酒を楽しみにしていたが、宮本氏は疲れたのかシュラフにもぐり込むとたちまち寝息をたててそのまま眠ってしまったようだった。
翌日も朝からガスが晴れなかった。小屋の窓から梅花皮岳の方を眺めると、新潟県側からはガスが勢いよく流れている。5人パーティは予定では本山ピストンといっていたが結局、梶川尾根を下山するらしい。アイゼン、ピッケルも持たないで登ってきたらしく、リーダーは初心者を引き連れての下山に少し不安そうだった。
小屋から出ると、ガスが一瞬切れて石転ビ沢の雪渓を眼下に見下ろすことができた。時折太陽が顔を出しそうな具合で、これから晴れる兆しも感じられた。
梅花皮岳、烏帽子岳までは夏道がでていたがその先は大部分が雪渓、雪田で夏道は埋まっている。場所によっては急斜面もありアイゼンが必要な箇所もある。濃霧と雪渓のために常に登山道を探しながらの歩きが続いた。天狗の庭付近の斜面は濃い緑の中にあってニッコウキスゲが黄金色に輝いている。ガスは予想に反して一向に晴れなかったが、反面、涼しい中での稜線歩きはなかなか快適だった。
ようやく御西小屋に着くと、昨夜、小屋に泊まったという3人の登山者が大日岳から戻ってきたところに出会った。口振りからすると大日杉口から登ってきた人たちのようだった。一休みの後、御西小屋から大日岳に向かう。小屋から少し下ったところに雪渓が少し残っていたがあとはほとんど夏道である。大日岳までの稜線歩きは様々な高山植物が咲き乱れていて心がなごんだ。とくにニッコウキスゲがなだらかな斜面いっぱいに広がる光景は見事だった。他にはチングルマ、ハクサンイチゲ、ヨツバシオガマ、ヒメサユリなども多く咲いている。飯豊連峰は花の時期を迎えて一気に咲き競っているようだ。山頂に到着しても視界はあいかわず悪くなかなかすっきりとは晴れなかった。西大日岳にも足を伸ばすことも考えていたが、今日はあきらめるしかないようだ。しかし気温は高く、腰を下ろしていると眠くなりそうだった。聞こえるのはウグイスの鳴き声だけで実に静かな山頂である。飯豊の最奥にきているという実感がひしひしと感じられた。二人ともしばらく疲れた体を休めた。
御西小屋に戻り水場に向かう。水場はまだ分厚い雪渓の下であり、急斜面を下るためにアイゼンが必要である。途中で水場から登ってくる小屋の管理人に出会う。小屋に戻ると管理人に声をかけられ、小屋の中でお茶と梅干しをごちそうになる。疲れた体にはすっぱい梅干しが美味しくて何個もいただいた。小屋を出る頃になってやっと上空に青空が戻ってきていた。なだらかで快適な御西から飯豊本山の稜線をのんびりと歩く。さすがに残雪は多かったが登山道には雪はなかった。飯豊本山からは久しぶりに晴れ渡った展望を楽しんだ。北股岳や大日岳付近はまだガスに隠れていたが種蒔山や三国岳方面はすっかり晴れてきていた。
本山小屋に入るとムッとした熱気が充満している。窓を開けると涼しい風が吹き抜けて行った。泊まりは我々二人だけのようである。今日は休憩をかなりとったとはいえ11時間ほど行動している。宮本氏は疲れのせいか少し体調が不良気味で、食事をとらずにすぐにシュラフに横になった。日没が近づいた頃、外に出て写真を撮る。後から宮本氏もカメラを持ち小屋から出てきた。久しぶりに見る飯豊本山からの日没だった。ガスが下がり雲海ができていた。明日の好天が期待できそうだった。
翌日は早朝から快晴だった。外に出てご来光の瞬間を待つ。見渡せば予想どおり一面の雲海が広がっている。月山、鳥海山、朝日連峰はもちろんのこと、蔵王、吾妻、磐梯山、安達太良山、遠くは船形山や神室連峰も雲海に浮かんでいる。蔵王連峰の左手からのご来光が始まる。久しぶりに眺める飯豊の日の出は荘厳で眺めていて飽きなかった。今日は暑くなりそうである。
宮本氏はまだ体調がもどらず、軽くスープを飲んだだけだった。今日は長丁場のダイグラ尾根を下山するので心配である。涼しい内に歩きたいので6時前に小屋を出る。飯豊本山からダイグラ尾根を眺めるとノコギリの歯のようなピークが次々に待ち受けているようで、おもわず気が引き締まる思いだ。下り始めると1800m前後まで一気に標高を下げる。しかしその後はアップダウンが続くのでなかなか高度は変わらない。うんざりするほどだが、左手に残雪を抱いた梅花皮岳、烏帽子岳、御西岳とそれぞれに美しい峰々、主稜線を見渡しながらの歩きはダイグラ尾根の楽しみなところだ。また登山道のまわりはニッコウキスゲとヒメサユリがほとんど切れ目なく咲いていて単調な下りに彩りを添えてくれていた。宮本氏はどうやら歩いているうちに体調がだんだんよくなってくる様子で一安心だった。
今回のダイグラ尾根は休場の峰まではまだ所々に雪が残っていて登山道を塞いでいた。場所によってはアイゼンも必要な箇所が何カ所もあり、細心の注意をはらいながら通過しなければならなかった。宝珠山の標注が立つ付近も大きな雪渓に覆われている。ここも急斜面だったが下の方の安全を確認すると、私たちはグリセード、シリセードをして楽しんだ。空は抜けるような青空が広がり、気温も30度を超すような暑さだ。強い陽射しに晒されていると体力が奪われるようで日陰の場所を選びながら休憩しなければならなかった。
展望を楽しみながらの下りが続いていたが休場の峰でこれも見納めになる。ここからは桧山沢にかかる吊橋まで視界のない樹林帯の下りが続くところだ。延々とした急斜面を一気に下る。吊橋を渡ると長い下りからやっと開放される。轟々と流れる桧山沢の雪解け水は冷たく、何回も顔を洗い喉を潤した。そこからは少しの区間、山道を歩くのだが、2箇所ほど大量の土砂混じりのデブリが登山道を塞いでいて驚いた。どうも最後まで安堵できないようだ。そこからほどなく林道に出る。長い下りで疲れた足をひきずりながら天狗平の駐車場に戻り、今回の山行を終了した。飯豊山荘の温泉で3日間の汗を流したが、今日のたった1日で日焼けした首筋と顔や腕はヒリヒリと痛く、なかなかすぐには湯船に入れなかった。