蔵王温泉のロープウェイを2つ乗り継いで地蔵岳山頂駅を出るとそこはもう地蔵岳山頂の直下である。例によってテレマークスキーにシールを貼って登り始める。今日は熊野岳から北蔵王連峰の名号峰(みょうごうほう)まで足を伸ばす予定である。もっとも熊野岳は標高が1840m、名号峰は1491mで400m近く下ることになり、復路が登りというちょっと変則的なコースではある。
熊野岳までの雪面はほとんどアイスバーン状態で、スリップすればはるか下まで滑落しそうで緊張するところだ。特に雪面が波打っている状態のためにシールがピンポイントでしか効かず、少し急斜面になると後ずさりするので直登ができない。しかたなく電光型に登っていった。上空には寒気が入っているのだろう。汗はかいているのに風が冷たくてアウターのファスナーはきっちり上まで締めなければならなかった。ルートは夏道にそって標注が10m〜15m間隔で山頂までずっと続いている。なんとも興醒めな感じがするが、しかし吹雪やガスに卷かれたときなどは心強いのも確かである。今日は土曜日だが前後には誰もいなく、山スキーも多い蔵王にしては寂しい感じだった。熊野岳の山頂に着いてみると一部地肌が出ているところもあったが、山頂の熊野神社はまだ半分以上雪に埋まっている。北側には巨大なエビの尻尾が付いていて風雪の厳しさを物語るようだ。
晴れていれば山頂からは遮るもののない360度の眺望が得られるのだが、今日は生憎の天候で飯豊・朝日連峰、鳥海山など遠方の峰峰はかすんでいて見えない。しかし北蔵王の雁戸山や大東岳、刈田岳から南蔵王連峰と続く近郊の山々を見渡すことができたのは幸いだった。
小休止の後、北に向かってスキーで下り始める。ところが名号峰に続く稜線は岩や石などの地肌が出ているためにとてもスキーでは滑れそうもなく、スキーを担いで下らなければならなかった。雪が再び現れたが名号峰まではすこしアップダウンがありそうなので、途中でスキーをデポしてそこからはツポ足で下る。周囲はなだからな雑木林や潅木に囲まれた尾根状の道なのだろうが、潅木やブッシュはまだほとんど雪の下である。冬は晴れていれば見通しがよいのだが、いったん吹雪かれると迷いやすそうなところである。あまり歩かれていないのか、あるいは消えてしまったのかわからなかったが、スキーのトレースも踏跡も付近には全く見あたらない。こういう場合のテレマークブーツは実に快適で、歩く感覚は革製の登山靴と全く変わりがない。(事実、ヒモで締めるタイプの革製のブーツなのだが)しみじみテレマークスキーの良さというか柔軟性に感心するばかりだった。今の時期の雪はだいぶ締まってきているので10cmぐらいしか沈まない。潜るところでも20cm程度である。久しぶりの春山の歩きを楽しみながら下っていった。
アップダウンを繰り返し、途中美しいダケカンバ帯を過ぎるとまもなく名号峰であった。周りにはまだまだ雪が多かったが山頂だけは雪が全くない。山頂には三角点があり、十文字の木の標識が立っている。蔵王ではめずらしい花崗岩の山頂だった。相変わらずどんよりとした曇り空だったがおおむね周囲の山々を見渡すことができた。北蔵王連峰の盟主、雁戸山、大東岳がいよいよ間近に迫ってきたが、しかし今日はここまでである。写真を撮ったり眺望を十分楽しんだ後、少し遅い昼食とした。
風が少し強まり肌寒くなってきたためにアウターを羽織った。そして食後のコーヒーを飲んでいると上空から雪が舞ってきた。空は真っ白だった。寒いはずである。見ているとたちまち熊野岳の山頂もかすんできて見えなくなってしまった。急いで元きた道を戻ることにした。自分の踏跡をたどるだけなので方角は心配なかったが、しかし予想もしていなかった雪が降り始めると少し不安になってくるのだ。熊野岳までの標高差約350mはたいしたものではないはずなのに、いざ歩き始めてみるとツボ足での登りは結構つらく膝が少し痛むほどだった。前方を見上げれば立ちふさがるかのように迫る熊野岳の大きさは圧倒的で、あらためてその巨大な山容に驚くばかりだった。最近、テレマークスキーを利用しての山行が続いていたので久しぶりの登山靴での登りは新鮮だった。しかし一方では今年の飯豊・朝日連峰の春山への期待に胸が膨らむと同時に、今年の冬山のシーズンはすでに終わってしまったのを感じて、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
スキーのデポ地点まで戻りスキーを履く。そしてシールをつけたまましばらく急斜面をトラバースし、元のルートをめざす。ここまでの登りで体はだいぶ疲れていて足は棒のように重かった。熊野岳から地蔵岳までも結構アップダウンがあって、最後の急斜面を踏ん張るようにしてシールを効かせながら登る。あとは地蔵岳山頂駅まで下るだけ、というピークでシールをはずす。地蔵岳山頂駅から駐車場までは長い樹氷原コース(距離はたしか8kmぐらい)が待っている。
後は最後の滑降を楽しみながら下るだけだった。
駐車場に着いてみると薄日が射していて、気温も山頂からみればだいぶ高く、さっきまでの雪がウソのようだった。時間はすでに3時半を過ぎており、日はすでに傾きつつあった。近くの温泉で疲れを癒したが、今日の疲労は尋常ではなく車に戻ってもすぐには運転できないほどだった。